今の世の中、全ての業務を外注化することはできる。しかし、敢えてやらないのにはそれ相応の理由がある。
S社は、ウェブサービスを展開している年商2億4千万円の会社です。
急ぎを希望ということで、私の出張に合わせ先方事務所での面談とさせていただきました。
マンションの一室にあるその事務所には、やや「社長個人の部屋」という雰囲気があります。半開きのカーテンが気になります。
目線を上げ、S社長は、言いました。
「創業から今日まで、1人社長を貫いてきました。私は、次に進む決意をしています。」
年商10億円に進むためには、外注の活用が必要になります。
これは、「外注を上手に活用する」ということ以上に、「何を外注に出し、何を内部に残すのか」を正しく弁別することを意味します。
次の4つのうち、いずれかの判断をすることになります。
『属人性が高く、内部で保有するもの』と判断するものがあります。
それは、主に高度な技術を必要とする業務となります。
建設会社であれば、施工管理。ホームページ業者であれば、ディレクター。
これこそが、自社の根幹となる技術です。そして、その人材の育成には、時間がかかります。そのため、自社で保有をします。
『属人性が高くとも、他社から調達するもの』があります。
建設会社は、クレーン屋、型枠屋などの専門業者に依頼します。ホームページ業者は、高度なプログラミングは外注します。
自社が追求する分野と、そうでないところを明確に持ちます。餅は餅屋と考え、その道のプロに依頼します。
『属人性が低いが、自社で保有するもの』もあります。
建設会社では、図面からの材料拾い、経理業務。ホームページ業者では、ホームページの更新作業、簡単なコーディング。
これらを外注化することも、外注先を確保することも、それほど難しくはありません。しかし、敢えて自社で保有しています。それにより、『組織的』に多くのメリットを持つことができます。
最後は、『属人性が低く、他社にお願いするもの』です。
建設会社では、顧客からの資料請求や電話窓口を外注化しています。ホームページ業者では、見込客リスト作成やDM発送などを依頼しています。
この内製化と外注化は、次の基準で検討することになります。
1.自社の定義
「自社は何屋か」、「自社の強みをどこに築くのか」から判断をします。
建設会社の中には、施工管理を外注化している会社はあります。その会社は、建物の企画から販売を自社の事業と定義しています。
ホームページ業者の中には、ホームページの制作は外部に委託している業者もあります。その会社は、「ある業界に対してのマーケティングから成約まで」を、自社の事業領域と決めています。
2.自社の基幹技術は何か
スポーツジムA社は、コールセンターを外注化しています。安価なサービスを提供しており、コールセンターは「問題が起きなければOK」と考えています。
スポーツジムB社は、コールセンターを内製化しています。高所得者の方をターゲットとしています。電話での問合せや見学の申込みが多く、その対応の良さが来店率や満足度に大きな影響を与えていると考えています。コールセンターの担当者を、『営業担当並み』の重要なポジションと考えています。
3.調達性
建設会社では、「自社基準の品質を保てる技術者」を外部から調達するのは難しいと考えています。また、日進月歩の技術の進化についていくためにも、自社で保有することが必要と考えています。
それに対し、展示会のスタッフは、その都度自社で調達するよりも、外注化したほうが、安定して調達できると考えています。
会社の考え方によって、「何を外注化するのか」は、全く異なります。
今の世の中、業務のほとんどを外注化することが、可能となっています。このような環境だからこそ、『何を自社に残すのか』が重要になります。その明確な指針を持つ必要があります。そこには、社長としての「事業をどうしていくのか」という長期的な視点が必要になるのです。
冒頭のS社は、創業から8年が経っています。
創業当時から、一人ですべてを行ってきました。事業が大きくなる過程で、まずは単純な作業を外注化しました。そして、システムの構築やホームページの制作を、外部のクリエイターに依頼してきました。
最初から、S社長は、『ひとり社長』体制を理想としてきました。人を使う煩わしさはありません。そして、その多くを変動費化することもできます。
この時の、年商は2億4千万円です。役員報酬は月に500万円取れています。
そんな折、S社長は健康を害し、1か月間の入院を余儀なくされました。病床からのメールでのやり取りで、通常の業務はなんとか回すことができました。しかし、気づいたのです。「自分が起点にならないと、何も変わらない。」
お客様からのクレームが発生しました。その対策として、改善した業務フローとマニュアルをつくる必要があります。それを持って、外注に依頼します。
年に1回の大きなイベントが近づいていました。企画を早くまとめ、ホームページ制作や広告の指示を出す必要があります。それらが完全に止まったのです。
S社長は、この時、大きな恐怖を感じることになりました。自分がいなければ、何も変わりません。それどころか、事業そのものが無くなってしまうのです。
複数の事業を立ち上げたこともあり、ここ数年は多忙を極めていました。家族と過ごす時間もほとんど取れていません。そして、年商は伸びていません。
本当に良いサービスを広めたい、家族と過ごす時間が欲しいと独立をしたはずでした。その時の思いが、何も達成できない状態になっていたのです。
S社長は、組織をつくることを決意しました。そして、面談を申し込んだのです。それが、冒頭のマンションの一室です。
コンサルティングも中盤になり、事業の変革が見えたころに、私は、S社長に提言をさせていただきました。
「〇〇作業を内製化しませんか。」
これには、S社長も驚いていました。その作業は、十分外注で回っている業務です。難易度も高くありません。また、優先すべきは「仕組みをつくれる人材の獲得」と思っていたのです。
S社長は、その理由を聞き、提言を受け入れました。すぐに、女性スタッフを3名採用したのです。
採用から2か月が経つ頃には、その効果が表れてきました。
・その女性スタッフ3名で、お客様とのやり取りから入金確認まで、ルーチン業務のほとんどが回されるようになりました。
・作業をこなしながらも、業務のマニュアル作りもしてくれます。
・そして、外注とのやり取りの多くを、彼女たちが担ってくれるようになりました。
社長は、急激に自分の負担が減るのを感じることができました。特に、外注とのやり取りに、自分の時間と手間、そして、精神力の多くを使っていたことに気づきました。その分、考えることに時間が使えます。
そして、会社が、『会社らしい雰囲気』に変わってきました。同じマンションの一室でありながら、そこが『オフィス』となっています。スチールの棚が新調され、ラベルが貼られたファイルが並んでいます。カーテンもブラインドに変えました。
S社長の服装も変わりました。毎日、襟付きのシャツで出勤します。
S社長は言われました。
「もともとは、この服装だったのです。それが、自分一人だからということで、私服でくるようになっていました。」
スタッフの存在が、S社長に良い緊張感を与えることになったのです。
「彼女たちは、決められたことをしっかりやってくれます。私も、守らざるを得ないのです。」と笑います。
人と人が接する時に、何かしらの緊張感が生まれます。その緊張感こそが、組織の力の源泉だと言えます。その緊張感を組織内で、どのように生み、どのように活用するのか、それをデザインするのが社長の役目となります。そのために、「採用」、「面談」、「ローテーション」、「組織体系」、「役職」などの施策を考えます。
自分の役員報酬を削って、始めた『雇用』です。
その『初めての雇用』から1年後には、年商3億円を突破することになりました。
そして、更に人を増やしていきます。その1年後には、4億円になりました。自社のスタッフ数は、9名になりました。中には、新卒者もいます。
新卒者を採用し、戦力化できるだけの会社になりました。
人を育てるためには、「ある程度まとまったボリュームが有り、自己完結できる業務」が必要になります。それがあります。これを、先の言葉で表現すれば、次のものになります。『属人性が低いが、自社で保有するもの』。
その業務の中で、仕事と社会人としての基本を身に付けることができます。
そして、その中で、考え行動できる人に育っていきます。プロフェッショナルとなるのです。その人材が担う業務は、『属人性が高く、内部で保有するもの』に移っていきます。
「外注化できるが敢えて内部に残すこと」で、自社に『人を育てる機能』を作り出したのです。
このような組織のデザインこそが、社長の役目となります。
短期だけを考えれば、外注化したほうが、安くて楽かもしれません。しかし、そればかりでは、長期が見えなくなります。結果的に、自社の力を削ぐことになります。
会社を大きくしていく、会社を永続させていく、その視点から組織の構想を練ることになります。
この会社をどうしたいのか、
この事業をどう展開したいのか、
自分はどうありたいのか。
その結果、組織が決まるのです。
そして、今日の社長の行動が決まるのです。
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