戦略の地平線
私は環境ビジネス向けの戦略コンサルティングを生業としているのですが、企業の規模や歴史にかかわらず、経営戦略については「素晴らしい仕事をしているのに、どうしてこんなところで止まっているのかな?」と不思議に思わされるパターンが少なくありません。その多くが、市場を国内の、しかも手が届くところに限るというもので、北は北海道から南は九州・沖縄まで、ごく一般的にみられる現象です。一体全体どうしたことでしょうか?
ある程度の中堅・大手でも、環境ビジネスが海外展開していると言う事例はむしろ例外的で、さらにその場合でも「なぜ進出先がその国だったのか」について多くは「たまたま」「友人の紹介」「行ってみたら良かったので」など、とても戦略的な判断とは思えないような解説がなされたりしています。
戦略は経営者の専権事項であることが多いため、普通だと曖昧さが生じる余地はまずありません。それなのにどうしてだか、海外についてはあたかも取って付けたような調子でさらりと触れられてオシマイ、となるのです。結局のところ国内が全て、みたいな基本設計になっているのです。
私はこれを「戦略の地平線」と呼んでいます。その主な理由は政府の環境政策が多くは日本国外についての政策適用を想定しておらず、環境改善へのコミットメントを「日本国内だけ」に限定するような内容になっていることによるものと考えています。そしてその遠因は、戦後になって取り組まれた環境行政の発達の歴史にあるのではないかと見ています。
国際的にも戦後の枠組みが決められてゆく中で日本に課せられた命題は「二度と周辺国に対する軍事的脅威にはならない」ことでした。その頸木が環境問題についても「周辺国を日本と一体的に考えることはしない」という、言わば過剰反応になって表れている、というのが私の読み解きです。ちょっと状況証拠依存の考え方かもしれませんが、そうとでも考えないと説明がつかないのではないか、と感じているのです。
それでも口頭で議論したりQ&Aセッションなどを通じて、「国連や多国間環境条約を尊重したものの考え方」を提示すると、これまた意外なほど多くの人たちが私の考え方に共鳴してくれます。その落差には、思わずこちらがたじろいでしまう場合もあるのですが、たとえば国連主体で課題を再定義することに対する忌避感などは、これまで感じたことがありません。
私はこれを「戦略の地平線を押し下げた」みたいな言い方で解説するのですが、考え方をちょっとだけ入れ替える前と後で、見えてくる景色には顕著な違いが生じます。
未来を生きる若手経営者は特に、この「戦略の地平線」をできうるかぎり低く設定することで、確実に視野を広げることができるようになります。そして、もしかしたらこのあたりに日本が環境問題を含む戦後レジームの呪縛から解き放たれるためのヒントが隠れているのではないかとも思うのです。
最後のところがいささか大風呂敷な話に聞こえたかもしれませんが、環境問題が世界共通の重要課題として取り上げられるようになってきている現代社会において、日本の環境技術には確実にチャンスが訪れようとしているのです。どうせ世界に出てゆくならば、企業経営者たるもの少しでも戦略性に優れたアプローチを志向すべきなのではないでしょうか。
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