第13話 ”だろう、よかろう” こそが、マネジメントの最大の敵
「外注先に依頼したら、逆に仕事が増えるような気がして・・・。結局、自分で抱え込んでしまって、残業が増えてしまいました・・・」
ー顧問先の工程管理会議における、社長と社員A君の会話です。
同席した私は、現場の業務実態を把握し、適切な指示を出すために、社長が突っ込んだ質問をするかな・・・と期待したのですが、「A君は優しいから、自分で対処しようとしたんだな。これからは、前に指示した通り、外注先もちゃんと活用するように。」という、A君の業務姿勢をただす発言で終わってしまいました。
そこで、私からA君に、「なぜ仕事が増えると感じたのですか?」と質問したところ、「難しい作業を外注すると、今度は、外注先の進捗管理に手間が掛かりそうで、どう対処すべきか迷ってしまうんです・・・」という答えが返ってきました。次に、「同様のケースが発生した場合、どのような判断基準で対処すればいいですか?」と社長に質問したところ、即座に、明確な基準が示されました。
このやり取りからわかることは、社長の頭の中には、これまでの豊富な業務経験から得た”基準(=知恵)”が詰まっているが、社員とは共有されておらず、社長だけの知恵に留まっていて、業務の停滞を招いているということです。
もし、社長の知恵を出し惜しみせず、「納期に遅れると判断した時は、外注先の進捗管理が容易な作業Aと作業Bを優先して外注して・・・」と丁寧かつ具体的に指示できれば、A君も効率よく作業を進めることができるのに・・・。
それではなぜ、社長は”知恵の出し惜しみ”をしてしまうのでしょうか?その答えは、次の言葉にあります。
それは・・・”だろう、よかろう”という言葉です。
社長の知恵を社員と共有するのは、骨の折れる取り組みでもあります。社員としっかりと、かつ継続的にコミュニケーションを取って、知恵を出し合い、共有し、標準化し、実際の業務で確かめるという循環が求められるからです。しかしながら多くの社長は、
社員は給料をもらっているんだから、自分で学習するだろう。
社長の私が頑張っているんだから、いちいちフォローアップしなくてよかろう。
このままだと納期に遅れそうだが、社員も同じ轍は踏まないだろう。
と自分自信に言い訳をして、この知恵を共有する循環を敬遠してしまうのです。そして、この”だろう、よかろう”という言葉をよく使う社長ほど、丁寧な知恵の共有を面倒くさがり、根拠のない自分勝手な期待だけで、組織をマネジメントしようとします。
人間は易きにつきやすいものです。ついつい”社長自身の心のマネジメント”の手綱を緩めてしまいます。しかしながら、この”だろう、よかろう”という言葉を、決して甘く見てはいけないのです。この言葉は、”現場への無関心”という行動に繋がり、その行動は、”いつも社員を軽視・侮辱する”という習慣に繋がり、”業務停滞”、”事故”という結果に繋がっていくのです。
かくいう私も、前職の大先輩から、役職員全員のきちんとした相互確認、相互チェックが無くなった時に事故は起こる。多くの人が死ぬこともある。”だろう、よかろう、事故の元”ということを肝に銘じるように・・・と何度も戒められました。
”だろう、よかろう”を徹底的に排除する風土、仕組みを作りあげることで、納期を遅らせない、決して事故を起こさない、決して顧客を失望させない・・・このような卓越したオペレーション、組織を目指すことができるのです。
そして、その風土・仕組みが、社員一人ひとりのこだわりにまで浸透することによって、自ら課題解決を行うプラチナ社員も育てることができるのです。
”だろう、よかろう、事故の元”・・・今、改めて心に刻みたい言葉です。
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