戦略の失敗は戦術でカバーできない(2)
プロジェクトのスタート時点での戦略に致命的な誤りがあると、どんなに優秀なチームでプロジェクトを遂行しようとしても成功させることは困難です。いわゆる戦略の失敗は戦術でカバーできない、ということです。私は、企業に勤めていた時代、まさしくこの格言が当てはまる事態を少なくとも2回経験しました。今回は2つめの経験をお話しします。
前回もお話ししましたが、私が勤めていた企業は、私が在籍していた期間に幾度となくグループ会社の合併を重ねました。その度に事業、顧客のシナジー効果を産んできました。しかし、合併に伴う体制の変化が常に効果的とは限りません。
当時私は、ある自社製品の事業を纏める立場にありました。当該製品はニッチな小さい市場においてトップシェアを維持していましたが、より大きな市場への展開を模索していました。マーケット部門からの要請により、主力製品より小型化・低コストで大きな市場に受け入れやすい製品を検討することになり、研究所も巻き込んでまず要素技術の開発と検証を始めることになりました。
マーケット部門からの強い要請により始めましたが、実は私は小型化に伴う要素技術の実現は簡単にはいかないと踏んでいました。少なくともその時点で有している技術の延長線では実現できず、何かこれまでとは違う新しい発明、方式を見つける必要があると思っていました。
なので、要素技術の開発には少なくともまず1年をかけ、その成果によって製品化できそうか、見込みがありそうなので技術開発を継続するか、あるいは製品化を断念するか、判断のチェックポイントを設けて進めるべきだと考え、その様に経営幹部に提案したうえで着手することになりました。
問題はその後に起こります。会社合併に伴う組織改編で、私の部門の部門長及び管掌役員のラインが変わったのです。すると、残念ながら”自社の量産製品”を扱ったことのない(量産品の怖さを知らない)方々だったこともあり、製品化の前倒し、そのため要素技術の開発及び検証を当初計画の半分つまり半年間で達成すべしという指示が下りました。
半年で成果を出すのは困難と説明し、まずは半年経過した時点で判断することを前提に研究所に要素技術の開発及び検証を進めてもらうことにしました。そして半年後、案の定私が難しいと予想していた部分については製品に適用できる見通しまで得られておらず、要素技術の開発を継続するか、製品化を断念するかを判断すべき状況となったのです。
そこで本来なら、要素技術の開発を継続するか、製品化を断念するか、客観的かつ冷静な判断を行うべきなのですが、ときの管掌役員は、要素技術の完成度が低い部分は継続研究しながら並行して製品化に着手するという判断を下したのです。最終的な経営判断を行う社長に対しては、要素技術については製品化に必要なレベルを達成できる見通しあり、と説明したうえです。
要素技術の完成度よりも製品化の時期を優先させる戦略をとったわけですが、現実には達成できる見通しの定かでない要素技術を前提に製品化を進めるという経営判断は正しいとは云えませんでした。それは、企業としての利益を上げるために製品を開発するという目的を忘れ、製品を開発することそのものが目的化してしまった様な状況でした。
さて、その後私には明確な理由がわからないまま異動が命じられ、別な組織で新たなプロジェクトに関与することになる一方、元の組織では私抜きで製品化が推し進められることになりました。
結果的に、現場の開発者たちが頑張り、要素技術の完成度が低いまま製品はできあがりました。しかし、市場に受け入れられる製品になったかというと、採用してくれる顧客はほとんどありませんでした。貴重なリソースを消耗し、現場の担当者に徒労感を残すだけの結果となってしまったのです。
製品化の判断を行った部門長及び管掌役員も、新製品を完成させたという”実績”を残して異動していきました。残った現場の人間は、開発した製品の維持でこれからも苦労していくことでしょう。
前回お話しした製品のセット販売の事例と合わせ、本件は、戦略の失敗は戦術ではカバーしようがない典型的な事例として私の胸に刻まれているものです。
経営者には常に、現場、現実、現物をしっかり見たうえで客観的、合理的かつ冷静な判断が求められる立場であることを忘れないで欲しいものです。
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