第12号:高賃金・高収益社長は、なぜ「仕組み化」に注力するのか
「シライ先生、我が社の課題は経営理念の浸透です」サービス業を営むA社社長のご発言です。A社長は続けます。
「元々はα事業から始まった我が社もβ事業が加わり、8営業所まで拡大してきましたし、これまで黒字経営を続けてくることができました。ところが最近、営業所によって大きく業績も雰囲気も違ってきています。〇営業所はしっかり利益を出せていますが△営業所は厳しい成績が続いています。仕入、営業、サービスのやり方に色々な問題があるのですが、パワハラまがいのことも起きているようです」
「それから、うちがずっと大事にしてきた”お客様への誠実なサービス”もないがしろにしている実態も見聞きしています。うちはずっと経営理念を大事にしてきて、私からも言葉の意味を噛みしめて欲しいことを何度も伝えてきました。でもなかなか浸透しきっていない。今一度、我が社の経営理念に立ち返り、営業所長クラスへの理念教育を始めようかと考えています」
その理念の中に「お客様第一」が刻まれているA社の社長。1人で事業を立ち上げてから、24時間365日体制、職人からサービスマンによる技術提供などといった、業界的にも革新性の高い事業を展開してこられました。
営業所が増えたことで社長の目がすっかり届きにくくなってきたこともあるでしょう。ここにきて業績の伸び悩みに直面する最中、事業承継の問題も目の前に迫っています。後継者に会社を任せていくためにも、組織体制を立て直しておきたい、基盤をきちんと整備しておきたいという気持ちもひとしおです。
経営理念は、会社を経営する理由、目的、根幹となる軸といったことを言語化したものになります。事業すべての実施意義であり、会社が目指す姿であり、国家でいえば憲法のような存在でしょう。それは全ての事業、組織行動、仕組みの根拠であり目的となります。ですから”理念が浸透すれば個々の行動が変わり、これにより社風が変わって結果も変わる”というのが理念教育に期待することだったりします。
しかしここで難題があります。どのように理念を浸透させるかという問題です。
そもそも経営理念というのは、社長が経営を通じて経験した苦悩と喜びの数々から絞り出した真理のような存在です。A社長の「顧客第一」という4文字の中には、A社長しか知らない苦悶、失敗、損失、感動、感謝といった膨大な経験と知識が詰まっていて、その中であらゆる枝葉をそぎ落として最後に残った言葉が「顧客第一」なのです。
つまり、社長が認識する顧客第一と社員が認識する顧客第一は全く違うものであり、解釈が100人100通りばらけることになるのです。
「だからこそ、社長の原体験を伝えながら経営理念を浸透していく必要があるのでは」という声が聞こえてきます。しかし、社長の原体験を社員が追随するということは殆ど不可能です。なぜなら、社員は誰も社長の立場で仕事をしたことがないからです。
後がない責任を背負っている社長の立場と、後がある社員の立場は全く違います。また、既に現社員は”完成された事業”の中で”縦横分業された業務の一部”を受け持っていますが、特に創業社長は”未完の事業を自力でカタチにしてきた”人です。どちらが尊いとかそういう話ではなく、追体験すること自体非常にハードルが高いということです。
経営理念が大切であることは言うまでもありません。しかし理念そのものを教育して浸透しようとすると、このように”受け手の理解度・経験・意欲”にその効果を依拠することになります。つまり、受け手側の属人的な性格やヤル気といったものに成果をゆだねてしまう構造になるのです。もしあなたの会社が、酸いも甘いも経営者のように経験してきた社員ばかりの会社なら、それでも問題ないでしょう。
しかし、そうでないならば”理念浸透”という考え方を変える必要があります。ではどのように変えるべきか?「仕組みによって理念を体現する行動を促す」と考えるのです。業務の仕組み、評価賃金設定の仕組み、規則ルール、組織図といった会社内の仕組みを、理念を体現していくものに設計し、人の行動を変えていくドライバーにするのです。
顧客第一が経営理念であれば、顧客第一を実現していくための接客方針・営業方針・商品開発方針・販売促進方針といったことを打ち出すのです。
「顧客第一を考えよ」よりも、「お客様の短期的な目先の経済性ではなく、長期的かつ健全な予防効果を実現できる提案を考えよ」という営業方針を打ち出すほうが、営業社員はその行動を”自分事として想像できる”のです。そして、方針の実施度に連動する評価処遇方針を打ち立てることにより、方針実施者を適正に評価でき、方針実現、ひいては理念実現に向けて自発的に走り出せる環境を作れるのです。
まさに、国が憲法で定めた国家のあり方を実現するために、法律を制定運用することで思考行動を規定し、国民のアイデンティティや”らしさ”を醸成しているのと同じ理屈です。
経営理念という極めて抽象度が高い概念は、組織を束ねるにはあまりに解釈が広がりすぎてしまうのです。事業領域を絞り込むように、組織に対しても思考の領域・行動の領域を絞り込んでいく必要があります。我が社が理念として是とする思考行動様式を、方針という実務領域に対して展開しなければ、日常業務に忙殺される社員にとっての理念は絵空事でしかなくなってしまいます。
”理念を浸透させて人を変え、社風を変える”という発想から、”理念を体現する仕組みで人を動かし、社風を変える”という発想へ転換するのです。先ほど説明したように、全ては経営理念実現のためにあります。その理念を実現していく「社風」を作るために「組織行動」を変える、その組織行動を変えるために「仕組み」を整備していくと考えるのです。
「一体どうしたら理念が浸透するか長年考えを巡らしてきましたが、すべきことを掴めたように思います。今まで理念を唱和させたり、理念の大切さを説いてきました。後継者と一部の優秀幹部には、担当業務の方針素案を作らせてみようと思います。」
A社は理念のもとに一丸となる組織に向かい、歩みを加速していきます。
著:白井康嗣
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