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健康行動を促す新しい選択肢の作り方 ―医療×行動科学の最前線―

SPECIAL

ヘルスケアビジネス参入コンサルタント

株式会社ヘルスケアビジネス総合研究所

代表取締役 

ヘルスケアビジネス専門のドクター資格を持つ異色のコンサルタント。東北大学医学部医学科を卒業後、医療技術・ソリューションの発展に尽力することを決意。ジャパンバイオデザイン・フェローシッププログラム(スタンフォード大学発のシリコンバレー流医療機器イノベーションプログラム)参加などを経て、主にヘルスケア市場参入の支援機関、株式会社ヘルスケアビジネス総合研究所を創設。
これまで東証プライム上場企業を含む40社以上に対して新規事業・開発の指導および支援経験を持ち、ヘルスケア事業部の立ち上げも支援。2016年から2023年までのバイオデザインプログラム(年に1チーム最大4名)で関わった起業案件は5社、知財出願は4件、助成金獲得6件に達し、0→1の指導における高い再現性に定評がある。

こんにちは。ヘルスケアビジネス総合研究所の原です。

以前、医療サービスの開発のミーティングの最中で「原先生、どうしたらこのヘルスケアサービスのユーザーに行動変容を促せるのでしょうか?」という質問を受けました。

行動変容とは、人にそれまでの健康に関する習慣を変えさせるという意味で使われます。行動変容さえ起こせれば、我が社のサービスを買ってくれるはずだ、という文脈で使うと非常に便利な言葉なのですが、私は違和感を覚えています。

そう都合よく、他人様の習慣を変えることができるのか(しかもビジネスの成否をそこに委ねても良いのか)ということです。

そのように人の行動習慣に依存するような製品・サービスを開発する際に役立つナッジという概念があります。今回は、ヘルスケアビジネスにおけるナッジの効果的な活用について、具体的にお話ししたいと思います。

そもそもナッジとは

人間は必ずしも合理的な判断をする存在ではありません。健康のために運動をしたほうがいいと分かっていても行動に移せない、禁煙の必要性を理解していてもなかなか実行できない、そんな経験は誰にでもあるのではないでしょうか。

このような「分かっているけどできない」という人間の行動特性に着目し、望ましい選択をしやすい環境を整えるアプローチが「ナッジ」です。

ナッジは単なる行動の後押しとは一線を画します。例えば、「今なら特典付き!」といった販促的なインセンティブは、一時的な行動変容は促せても、持続的な効果を期待することは難しいでしょう。

一方、ナッジは人間の行動特性や心理的傾向を理解した上で、自然な形で望ましい選択へと導く環境設計を行います。

例えばコロナ禍の後で、エレベーターの四隅に黄色い足型マークが設置されているのにお気づきの方が多いのではと思います。これも狭い空間の中で自然と左右に分散して立つことで、感染防止を心掛けるようになります。

そして強制ではないものの、多くの人が無意識にマークの位置に立つようになります。これが良く知られたナッジの活用の一例です。

効果的なナッジデザインのポイント

成功するナッジのデザインには、いくつかの重要な要素があります。

まず基本となるのが、利用者の行動パターンや心理を深く理解することです。

例えば、運動習慣の形成を促すサービスを設計する場合、なぜ人々が運動を先送りにしてしまうのか、どのような状況で継続的な運動が実現できているのかを詳細に分析する必要があります。

よく我々は「共感が大事」という表現で説明したりすることなのですが、共感というのは同情とは違い、他者の立場になってどう感じるかを考えてみることです。これに目を向けずに、独りよがりで押し付けになっている商品は、売れません。

次に重要なのが、選択の自由です。

これは選択肢の提示方法や順序、デフォルト設定などを工夫することで、望ましい選択をより自然に行えるようにする仕組みづくりです。

例えば、健康診断予約システムでは、まず望ましい日時の候補を3つほど提示し、その後で他の選択肢を表示するといった方法が効果的です。これにより、予約のハードルを下げながらも、選択の自由は完全に確保されます。

3つ目は、フィードバックです。

行動の結果を可視化し、適切なタイミングでフィードバックを提供することで、望ましい行動の継続を支援します。

例えば、服薬管理アプリでは、服薬の記録に基づいて継続率のグラフを示したり、達成度に応じて具体的な健康改善効果を表示したりすることで、モチベーションの維持を図ります。

4つ目は、実行のタイミングです。

人々の行動変容を促す最適なタイミングを見極め、そのタイミングでナッジを提供することが効果を高めます。

例えば、生活習慣の改善を促す通知は、ストレスの少ない休日の朝に送信する方が、平日の仕事中よりも効果的かもしれません。

最後に、継続的なモニタリングと改善です。

ナッジの効果は、対象者や状況によって大きく異なる可能性があります。

そのため、実装後も継続的にデータを収集・分析し、効果検証と改善を繰り返すことが重要です。特に、個人の反応の違いを理解し、セグメント別の対応を検討することで、より効果的なナッジの実現が可能となります。

ナッジの目的の二重性

ヘルスケア分野でナッジを考える際に特徴的なのは、その二重性です。

サービスを提供する側の目的(例:医療費削減、健康指標の改善)と、利用者の目的(例:健康増進、生活の質向上)が必ずしも一致しないことがあります。この二重性を理解した上で、両者にとって価値のある仕組みを設計するのがミソです。

例えば、ある健康保険組合では、加入者の健康診断受診を促進するために、予約のデフォルト設定を工夫しました。

従来の「受診するかどうかを選択する」方式から、「受診日時を選択する(受診しない場合は理由を選択する)」方式に変更したところ、受診率が20%以上向上したといいます。

これは強制でも過度な誘導でもなく、自然な流れの中で望ましい選択を促した好例です。

またデジタルヘルスのアプリで、運動目標の設定に際して「あなたと同じ年代の利用者の平均目標は1日8000歩です」といった情報を提示すると、適度な運動習慣の形成を支援できます。

これも、社会的な参照点を示すことで自然な行動変容を促すナッジの一例です。

ヘルスケアビジネスの未来とナッジ

今後、テクノロジーの発展により、よりパーソナライズされたナッジの実現が可能になると考えられます。

例えば、ウェアラブルデバイスのデータを活用して、個人の生活リズムに合わせた最適なタイミングで運動を促すといった使い方が考えられます。

おわりに

ナッジの活用は、ヘルスケアビジネスにおいて大きな可能性を秘めています。

しかし、その設計には慎重な配慮が必要です。利用者の自由な選択を尊重しながら、いかに効果的な仕組みを作り出すか。それはまさに、私たちヘルスケアビジネスに携わる者の創造性が問われる領域だといえるでしょう。

このコラムでは医療・ヘルスケアビジネスに関係する情報やノウハウをお送りしています。

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