経営者の役割と信頼構築
属人的な経営から仕組みによる経営に移行することは、さらなる信頼構築と次の成長を成し遂げるために必須の要素といえます。
「今までは前社長が会社の全てに目を光らせていたんですけど、これからはもっと組織的に運営していきたいんですよね」
最近事業承継をされたK社長がおっしゃった言葉です。このK社長は、家業を引き継ぐ前に大企業で10年近く経験を積まれてきたこともあり、経営者には注力すべき経営者ならではの仕事があるはず、と考えているとのこと。これまでは前社長が営業も技術もありとあらゆるところに関与していたが、これを変えたいということでご相談を受けました。
彼の着眼点は正しく、一定以上の規模がある会社であれば、経営者として会社の日々の運営に関わることは限定的であるべきです。今回は、限られた時間の中で、経営者が本当に集中すべき仕事とは何か。そして、それがどのように企業の信頼構築や成長に繋がるのかを探っていきます。
■社長の役割は、「決断・責任・方向性」の3つに集約
経営者のリソース、特に時間は限られています。どんな人でも1日24時間以上働くことはできません。そんな中で、他の人でもできる仕事に時間を費やすのは、企業の成長を阻害することにつながりかねません。社長にしかできない仕事と、他の人に任せられる仕事を明確に切り分け、前者に集中することが重要です。
社長にしかできない仕事を整理すると、究極的には以下の3つに集約されると考えられます。
1. 決断すること
経営者の最大の仕事は、「やること」と「やらないこと」を決めることです。例えば、新規事業への投資を行うべきか、既存の事業の中で収益性の低いものはやめるべきかなど、複数の選択肢を前に、組織のトップとして最終的な決断を下すことが求められます。社員や部門長が意見を出し合う場面もありますが、最終的にリーダーとして取捨選択を行うのは経営者しかできません。
特に難しいのは「やらないこと」を決めることで、限られたリソースの中で物事の優先順位を付け、結果として何かを捨てる決断が求められます。やることを選ぶだけでなく、あえてやらないことを決める力が、会社にとって大きな差別化要素となるのです。
2. 責任を負うこと
経営者には組織のトップとして、すべての責任を負うことが求められます。部下や外部環境のせいにすることはできず、最終的には全てが経営者の責任となります。この責任を取ることが経営者の重要な役割の一つであり、それがゆえにリスク管理や組織マネジメントを高度に行う必要も出てきます。
リスクを過小評価せず、適切にヘッジすることで、企業が不測の事態に遭遇しても柔軟に対応できる体制を整えておくことも経営者の責任の一部といえるでしょう。社員がミスをしたり、想定外の出来事が起きても、経営者はそれを組織全体の問題として解決したり、再発防止を主導することが求められます。
3.方向性を示すこと
経営者には、組織全体に対して方向性を示すことが求められます。これは、単なる目標設定に留まらず、組織のビジョンをありありと描き、それに向かってどう進んでいくべきかという大きな道筋を示すことを意味します。具体的には、事業を通じて達成したい理念やビジョンを明確にし、そのビジョンに基づいて従業員やパートナーとベクトルを揃えることが求められます。
特に現代では、社会課題への取り組みや持続可能性を重視した経営方針が求められる場面も増えています。事業そのものの道筋に加え、このような会社としての包括的なビジョンを明確にすることで、社内の人を動かすだけでなく、社外からの協力も取り付けていくことが求められます。企業の方向性を正しく示し、外部にも働きかけながら、組織全体をリードしていくことが、経営者の最も重要な役割のひとつです。
■任せることで、組織の成長と信頼構築の基盤をつくる
上記の3つが経営者にしかできない主な仕事だとするならば、それ以外の業務は積極的に他の人に任せていくべきです。例えば、意思決定のための材料集めや計画の立案・フォローは、部下や専門チームでも十分に対応できる業務です。経営者がこれらの業務に手を取られてしまうと、最終的に本来の重要な決断に集中できず、組織全体のパフォーマンスが低下してしまいます。
特に創業~初期の成長段階にある中小企業では、経営者が「すべてを自分でやらなければならない」と考えがちですが、経営の真価はどれだけ他の人に仕事を任せ、組織全体の能力を引き上げるかにあります。人に任せることで、経営者は自らが担うべき戦略的な仕事に専念できると同時に、部下が成長する機会を提供できるのです。
そして重要なのは、業務を他の人に任せる際、仕事を属人化させないことです。現実には、専門領域において代替できる人材がいない、といった制約は発生しますが、できる限り誰でも再現できる仕組みに落とし込み、標準化を進める姿勢が必要です。
これは、例えばドキュメント化やマニュアル化を通じて、誰が見ても理解できるようなプロセスを作り上げるということです。属人化した業務は、担当者が欠けた際に大きなリスクとなり、結果として組織全体の生産性を低下させかねません。
逆に、標準化された体制が確立されると、組織全体のアウトプットが常に一定以上の水準を保てるようになります。企業が信頼を築く上で最も大切にすべきことの1つは、常に安定した価値を提供できることです。毎回バラツキがあるのではなく、常に一定以上の品質と成果を実現することが、企業の信頼を維持する鍵となるのです。
また、標準化が進むことで、組織全体のレジリエンス(復元力・弾力・再起力)も向上します。終身雇用の時代が終わり、これからは人材が入れ替わることが前提となっていくなかで、誰が抜けてもスムーズに業務が進められるようになれば、成長を継続させるための基盤が強固になるのです。また、業務が標準化されていれば、AIやロボット等での代替もよりスムーズになります。
■属人的な経営を超えてさらなる成長へ
ひとりの経営者によるワンマン経営は、年商3~5億円を超えたあたりから、成長の壁に直面すると言われています。属人的な経営から抜け出せず、管理や意思決定に求められる質・量が、経営者個人のキャパシティを超えてしまうためです。
これは、経営者自身がボトルネック化する状態といえます。経営者自身がすべての意思決定や監督業務を行ってしまうことで、組織全体の生産性が停滞してしまいます。
成長を持続させるためには、経営者が自らの役割を見直し、組織全体が持続的に安定して機能する仕組みを導入することが必要不可欠です。これは、営業や生産といったオペレーションに近い部分のみにとどまりません。より経営に近い部分においても、例えば経営企画組織の設置、中期経営計画の運用、予実管理の導入といった形で、ツールをうまく活用することにより少なくない部分を仕組み化できます。これらの仕組みを導入することで、経営者の負担を軽減しつつ、企業全体がさらなる成長を遂げるための基盤が整います。
最終的に、経営者がどれだけ効率的に時間を使い、経営者固有の役割を果たせるかが、企業の成長のポテンシャルを左右します。組織全体が効率的に機能するための標準化や仕組み化を進め、任せるべき業務は他者に任せることが大切です。そして、仕組みによる経営や業務が組織全体に広がり、PDCAを通じたアウトプットの底上げが進んでいくことで、社内外からの信頼が積みあがっていき、その結果として企業の成長が持続可能なものへと変わっていくのです。
多忙感から抜けきれない経営者の方は、ご自身にしかできない仕事は何か、を改めて問い直してみてはいかがでしょうか。
コラムの更新をお知らせします!
コラムはいかがでしたか? 下記よりメールアドレスをご登録いただくと、更新時にご案内をお届けします(解除は随時可能です)。ぜひ、ご登録ください。