第6号:高収益・高賃金社長は、安易に「採用」という手段に逃げない
「シライさん、これから受託開発だけではなくて、今仕込み中の自社アプリの拡販にも取り組んでいきたいと思っています。
当面は受託開発を拡大していって収益を生んで、それを自社アプリ拡販に回していきたいなと。
ただ、受託開発の方で人を採用しようとしても、給与相場も上がっている今、うちのようなベンチャーではなかなか経験者を採用できません。」
大変勢いのある、若きA社長からのご相談です。私は更なる発言を促します。
「実は最近、社員の平均年齢が上がっていることも気になっています。他業界に比べれば若いと思いますが、この業界ではちょっと高いかなと。
結局、ずっとエンジニアでやってきた人がそのままエンジニアをやり続けていて、責任者、マネジャーをやれる人がいないんです。
技術者としての腕はいいのですが、いつまでもマネジメントや提案営業ができないでいるので、拡大に向けてエンジニアの部下を持たせれば意識も変わってくるのではないか、という期待もあります。」
A社は丁度、組織の規模が30名を超えてくるステージの変わり目にいます。
今、A社長が直面している問題は、このステージにある多くの会社に露呈する問題です。それは、「拡大期に入っているにも拘らず管理職や現場職を確保できず、ブレーキを踏まざるを得ない状況になっている」という問題です。
しかしことの本質は、より根深い部分にあります。
それはA社は現在、「組織という”システム”を構築すべき時期に来ている」ということです。
A社はこれまで、社長と創業以来の幹部の3名で、一緒になって事業を拡大させてきました。これまでは社長と幹部たちが案件を受注し、その管理をし、エンジニアを育てて来ました。
これまではそれで特段問題なかったのです。
ところが今、
・社長は自社アプリ事業にも注力したい、
・受託事業ではより大きく難しい案件を増やしている、
・案件を増加させる中で幹部社員もキャパシティがいっぱいになりある、
・ゆえに、その下層にもう1階層の管理職群が必要、
という状況になっています。
このステージに来る多くの会社が、ここでの優先順位を「人の採用」と設定してしまいます。
課題の見た目は人の配置と増員に関することなので、そのように考えてしまうのも無理はありません。
しかし、そう簡単に増員はできません。
A社は確かに勢いはありますが、利益率も社員給与水準も、やはり規模相応のものです。 良い人材は、より待遇の良い会社に流れていきます。
またそうであればと、ある程度低い賃金でも採用しやすい未経験者を採用しようとします。 たしかに応募可能性は上がります。
しかし、その後にどんなことが待ち受けているかまでを、我々は予め熟考しておく必要があります。
つまり、マネジメントをしたことがない社員の下に、業務経験のない社員が配属されるのです。
その結果、大方の流れとして「納期や予算が守れない」「未経験のマネジメント業務に疲弊する」「マネジャーがエンジニアの仕事に逃げる」「部下に仕事を教えない(教えられない)、任せない」「部下は段々とやりにくさを感じる」「やりがいがなく将来に不安を感じる」「転職を検討し出す」という状況になります。
さらに、これによって案件当たりの利幅が減少する可能性が高まります。
仕事量は増えているのに、その非効率さから案件ごとの利幅が低下するのです。いわゆる増収減益です。
このように、エンジニアも素人、マネジャーも素人、ということになれば、まともに機能する方が奇跡的と言わざるを得ません。
重要なことは、「組織という”システム(仕組み)”を構築する」という考え方を持つことです。
組織は人の集まりではありますが、人が主ではありません。人は重要経営資源ではありますが、システム(仕組み)という思考で捉えるならば、組織という基盤(OS)の上で動作するアプリケーションに該当します。
まずは組織という基盤を整備する必要があります。
それは次の6つで構成されます。
●可視化された共通目的:ベクトルを統一する機能
●意思決定サイクル:組織が認知する重要情報を吸い上げ、意思決定や実施依頼を可能とする機能
●役割・キャリア設計図:組織が共通目的を果たすために備えるべきセクションと各役割定義
●業務価値を基準とした分業・連携構造:業務の価値に応じた組織の縦(階層)横(部門)分業の構築
●標準化された業務プロセス:各業務の目的、考え方、方針、手順、やり方の規定
●評価処遇の仕組み:組織システムに参画する人に対する評価処遇の仕組み
組織が一定の規模を迎えた場合、社長はこれらの仕組み作りに真正面から取り組む必要があります。
これまでは人が人の力量で仕事を回しており、それで何とか事業は回っていました。
今は、出来る人が出来る業務を担当する、という進め方の中で、業務の付加価値に関係なく皆が雑多な仕事を自分のやり方でこなしています。
そして各業務には、レベルや進め方や効率のバラツキが生じています。それは表立って目には見えません。何故なら、これまでの組織規模であれば、それでも差し支えなく仕事を回していけたからです。
しかしこの規模になると、内部にいる人材の力量・思想・モチベーションが多様化します。 さらに、これから採用する人に至っては更なる多様な人材が流入してくることになります。
これまで目に見えなかったバラつきが、多様な人材が流入してくることで更なるバラツキを生み出します。
それがいずれ「収益性の低下」という形で露呈し出します。
重要なことは、今の事業運営の延長で人を増やす、と考える前に「今の組織における事業運営には多くの”生産性ロス”があるのではないか?」と疑うことなのです。
・優秀な人材が、大した付加価値を生まないような作業に時間を取られている
・業務の品質やスピードに大きなバラツキがあって無駄が多い
・会社が求めている役割と当人が認識している役割に相違がある
こういった部分を仕組みによって解消し、1人1人の生み出す付加価値を高めていく、ということを先に検討するべきです。
人を採用すること自体は、業績を拡大する上で必要なことです。
しかしそれを第一優先課題としてしまうと、高収益高賃金企業作りは一向に進まなくなります。
なぜなら売上規模は増えれど、原資である付加価値(粗利益)が増えないからです。
非常に呑み込みの早いA社長は、すぐにこのロジックを理解されました。
「まずは今の業務をしっかり棚卸する必要がありますね。仕事の流れ自体も、これまでのやり方に拘らないで柔軟に組み替えれば、もっと効率よく今の人員数で進められるかもしれません。
ただ、その前に、これから当社がどこを目指していくかをきっちり伝えないと、その目的を理解してもらえないかもしれない。まずは会社の未来像を整理していこうと思います」
A社長の、組織ステージ転換への変革が始まりました。
著:白井康嗣
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