海外ベンチャーを通して見える、AI×医療の未来
皆さん、こんにちは。ヘルスケアビジネス総合研究所の原です。
今日はイスラエルのスタートアップ企業の紹介を通して、医療とAIの未来についてお話したいと思います。
AIが医療現場を変革する時代が到来
近年、人工知能(AI)技術の進化が目覚ましく、様々な産業分野に革新をもたらしています。皆さんもChatGPTを始めとする生成AIを使った経験があるのではないでしょうか?
医療やヘルスケアの分野でも、実際にAI技術の導入により診断精度の向上や業務効率化が進んでいます。今回は、医療画像解析に特化したAI技術で注目を集めるイスラエルの企業、Zebra Medical Visionの取り組みをご紹介します。
医療AIが注目されているのはなぜか?
はじめに、医療AIが着目されている背景をご説明しましょう。簡潔に言いますと、日本で社会問題化しているいくつかの課題があり、その解決策としてAIが着目されているのです。ここではその中でも特に重要な課題を4つほどピックアップして解説します。
まずは病気の診断に求められる質が上がっていることです。例えばがんの早期発見率は年々向上していますが、それに伴い、より小さな病変を見つけたり、軽微な異常を確実に評価できる画像診断技術が一般社会から求められています。しかし、日本医師会の調査では、画像診断を専門とする放射線科医の数は人口10万人当たりわずか4.3人と深刻な不足状態にあります。このような状況下で、AIによる診断支援は医療現場の大きな助けとなる可能性があります。
次に、医療費の増大が深刻な社会問題となっています。厚生労働省の統計によると、日本の医療費は年々増加しており、2019年度には過去最高の43兆円を超えました。この増加の主な要因の一つが、高齢化に伴う慢性疾患の増加です。AIを活用した早期診断と予防医療の推進は、長期的な医療費削減につながると期待されています。
さらに、地域間の医療格差も大きな課題です。総務省の調査によると、人口10万人当たりの医師数は東京都が最多の339.9人である一方、最少の埼玉県では172.4人と、約2倍の開きがあります。AIを活用したリモート診断支援は、この格差を埋める有効な手段となる可能性があります。
また、医療データの増加も重要なトレンドです。国際データ企業IDCの予測によると、世界の医療データ量は年率36%で増加し、2025年には2,314エクサバイトに達すると言われています。この膨大なデータを人力で処理し、有用な情報を抽出することは極めて困難です。そこで、機械学習やディープラーニングを活用したAI技術が、このビッグデータの解析に大きな役割を果たすと期待されています。
最後に、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックも、医療AIの重要性を浮き彫りにしました。例えば、中国では武漢大学の研究チームが開発したAIシステムが、CTスキャンからCOVID-19を96%の精度で検出したと報告されています。このような事例は、感染症対策におけるAIの有用性を示すとともに、今後の医療AIの発展に大きな期待を寄せるきっかけとなりました。
これらの具体的な課題と事例が示すように、医療AIは単なる技術革新ではなく、現代社会が直面する医療の諸問題に対する実践的な解決策として注目を集めているのです。
Zebra Medical Visionの具体的な取り組み
さて、前置きが長くなりましたが、Zebra Medical Visionは、2014年に設立された医療画像解析に特化したAI技術の会社です。Zebra Medical Visionは「AIによる医療変革」を掲げ、世界中で利用可能かつ手頃な価格のAIヘルスケアソリューションの提供を使命としています。特に、医療リソースが限られた地域での質の高い診断の実現に力を入れており、この取り組みは多くの人々の健康と生活の質の向上に貢献することが期待されています。
同社のAIによる画像解析プラットフォームは、ディープラーニング技術を活用し、X線やMRIなどの医療画像から病気のサインを高精度で検出します。プラットフォームの内部では、乳がん検出用のマンモグラム解析や、X線画像から整形外科手術の必要性を判断するアルゴリズムなど、複数の特化型AIを開発しています。そのうち7つがすでにFDAの承認を受けており、その信頼性の高さが証明されています。
クラウドベース解析サービスは、世界50カ国以上の医療機関で利用されていて、アメリカの名門医療機関であるCedars SinaiやIntermountain Healthcareとの提携も行っているそうです。
GoogleやCanon Medical Systemsといった大手企業とも提携し、AIソリューションのさらなる普及と医療ワークフローへの統合を進めています。
Zebra Medical Visionの成長性と市場での評価を示す重要な指標として、同社は複数のベンチャーキャピタルや戦略的投資家から多額の資金を調達しています。2018年に行われたシリーズCラウンドでは、3,000万ドルの資金調達に成功しました。この資金調達には、健康保険大手のKhosla VenturesやM12(旧Microsoft Ventures)などが参加しており、医療AI分野における同社の先進性と将来性が高く評価されていることを示しています。
さらに2021年6月には、以前にもご紹介した医療機器大手のNanoXが、Zebra Medical Visionを2億ドルで買収することを発表しました。株式市場での評価という観点では、Zebra Medical Vision自体は非公開企業でしたが、買収企業であるNanoXはNASDAQ上場企業です(ティッカーシンボル:NNOX)。この買収によって、Zebra Medical Visionの技術と成長性が、より広く投資家に認知されることとなりました。NanoXの株価は買収発表後に上昇しており、市場がこの買収を好意的に評価していることがうかがえます。
AI×医療技術がもたらす未来と企業への示唆
今ご紹介したZebra Medical Visionの事例を踏まえ、いくつかAIを活用した医療の未来像についてお話します。まず、診断精度の向上と医療従事者の負担軽減が期待されます。AIによる画像解析支援は、実際の現場でも活用され、診断の見落としが減少し、医療の質が向上し始めています。同時に、医師の負担も軽減されることで、今年から始まった医療現場の働き方改革への対応策としても有効なので、事業にとっては追い風になります。企業にとっても、従業員の健康管理や疾病予防に活用できる可能性があり、長期的な観点から見れば、生産性の向上にもつながるでしょう。
次に、医療コストの最適化が挙げられます。早期発見・早期治療が可能になることで、長期的には医療コストの削減につながると考えられていますが、現実にはどの程度早期の発見が必要か、早期発見に適した治療方法が存在するのかなどの要素もあって、単純に価値が出るとは言い切れませんので注意が必要です。一方で、生活習慣病の予防などに本格的に取り組めば、企業の健康保険料負担の軽減にも寄与する可能性があり、経営面でのメリットも大きいと言えます。
また、地域間格差の解消も重要な点です。クラウドベースのAIサービスにより、地方でも都市部に近い(同等にはならないでしょう)の診断が可能になります。これは、地方創生や働き方改革にも関連する重要な要素となるでしょう。企業にとっては、地方拠点での事業展開や人材確保の面でも有利に働く可能性があります。
さらに、AI医療技術の進展は、新たなビジネスチャンスの創出をもたらします。ヘルスケア産業に留まらず、IT、保険、製薬など様々な業界に新たな事業機会が生まれる可能性があります。既存の事業モデルの再考や、新規事業の立ち上げを検討する良い機会となるかもしれません。
医療分野でのAI活用成功事例は、他産業においてもデータ活用の重要性を再認識させるきっかけとなるでしょう。医療データは特に複雑で解釈が難しいため、この領域での経験や実績があれば、それらを活用した新たなサービスや製品の開発を検討することもできるようになります。
Zebra Medical Visionの事例が示すように、AI技術は医療分野に大きな影響を与えつつあります。経営者の皆さんには、こうした技術革新がご自身の事業にどのような影響を与える可能性があるか、今一度考えてみる価値があるのではないでしょうか。AI技術の進化は、私たちの生活や仕事を大きく変える可能性を秘めています。その変化に備え、新たな機会を見出していくことが、これからの企業経営には求められるでしょう。そして海外勢に負けないように、日本が世界にリードできるような医療AIの発展が示す未来の可能性に、大いに期待したいと思います。
このコラムでは医療・ヘルスケアビジネスに関係する情報やノウハウをお送りしています。
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