新たな市場で信頼を築くために
自社の実績や評判が通用しない新たな領域に進出する際は、提供すべき価値を精査し、それを確実に創造・訴求・提供できるオペレーションを確立することが重要です。
中小企業が事業を拡大しようとする中で、新たな市場への進出は有力な選択肢になりますが、やり方を間違えば企業全体の経営を揺るがす分水嶺にもなりえます。今回のコラムでは、こうした新市場進出の際に、それまで培ってきた信頼をどのように活用していくべきかについて考察していきます。
■新たな市場でも確実に初期顧客を獲得するために
中小企業が新たな市場に進出しようとするときには、多くの場合、今までよりも顧客獲得のハードルが上がります。例えば、今まで事業を展開していた地域を超えて新たな地域に進出しようとする際、そもそも営業拠点が無いといった物理的な問題もありますし、新しい地域での潜在顧客に自社が提供する価値を理解してもらうことがなかなか難しいといったこともあるでしょう。
新たな分野への展開を図る際に持っておくべき視点は大きく2つに集約できると当社は考えています。第一に、潜在顧客の期待を最適化すること。第二に、最も重要な価値を、既存領域と同様に創造・訴求・提供できるようにすること。この2つです。
当社が提唱する「信頼」起点のトラスタライズ・アプローチは、この2つを同時に解決し、新たな領域への展開を円滑に進めるうえでひとつの解決策になると考えています。自社にとっての「信頼」を明確に定義することで、潜在顧客に伝達すべき内容と、自社が創造すべき価値が明確になり、その価値の伝達・提供に向けた施策を一貫性を伴った、筋の通った形で実行していけるようになるためです。
以下では、この価値の伝達と提供の2つの観点におけるそれぞれのポイントについてみていきましょう。
■自社の提供価値をどのように伝えるか
新たな市場の潜在顧客にアプローチする際は、自社の提供価値、そして逆に提供できないものを正しく理解してもらうことにいつも以上に注意を払うことが大切です。地元の地域では当たり前、あるいは今いる業界では当たり前、と思っていることであっても、新たな市場ではそうではない、というのはよくあることです。潜在顧客が期待する価値を正しく理解しないままに訴求を強めても売上につながる可能性は低いですし、仮に成功したとしても期待を裏切る結果となってしまいます。
このような事態を避けるための有効な手段のひとつは、前回のコラムでもご紹介した「期待値の最適化」という考え方です。潜在顧客が求めるありとあらゆる価値を満たす、というのは、特に中小企業の場合現実的ではない場合がほとんどですから、提供すべき価値をはっきりさせるとともに、提供できない価値についてはその旨を予め示しておくことが大切です。
特に、まだ自社の信頼を構築できていない新市場においては、約束した価値を確実に提供することと同じかそれ以上に、顧客の期待を裏切らないことが非常に重要といえます。確固たる評判を築き上げる前に、期待を裏切ったことに対する悪評が定着してしまうと、挽回するのが困難になっていくためです。
厄介なのは、この「期待」には実際には企業側が約束したものでなくとも、顧客の側がいわば「勝手に抱いている期待」も含まれうるという点です。新たな市場においては、買い手・売り手の相互理解の少なさや、お互いの常識の違いが大きくなるため、特にこのリスクが発生しやすくなります。
こうした期待の行き違いを防ぐには、自社が提供する価値・プロセスを、わかりやすく具体的に伝達し、きちんと理解してもらった状態で購入してもらうことが王道かつ近道です。期待の充足可否の判断を買い手側に委ねるのではなく、満たせないニーズについては予め明示する、できればそれをポジティブな言い方に言い換えることができれば、なお望ましいといえます。
■中核となる価値を、全社一丸となって創造・訴求・提供できる状態をつくる
潜在顧客に伝えるべき価値を明らかにすること以外にも、新たな市場で取り組むべきことがあります。それはその価値を、新たな市場においても確実に訴求・提供できる体制を整えることです。新しい市場においても、提供すべき価値を日々のオペレーション全てを貫く柱として据えるという言い方もできるかもしれません。
つまりはある特定の価値を、全社一丸となって創造し、訴求し、提供できる状態を目指すのですが、これが実現できている企業というのは決して多くはありません。中核に据えるべき価値がぼやけてしまっていたり、経営者や一部の上位層のみでの共有に留まってしまっていたりということは本当によく起こりえます。
ここでいう「ある特定の価値を、全社一丸となって創造し、訴求し、提供できる状態」というのは、限られたリソースを顧客の期待の充足に集中できている状態ですから、その企業が発揮しうるパフォーマンスを限界に近いレベルで引き出せていることになります。これは、顧客の期待を価値を最大限かつ確実に満たし自社の信頼と対価を大きく高められるという意味で、「信頼を対価に変える」トラスタライズの理想像ともいえます。
とりわけ、新市場への進出においては、これまでの成功を実現してきた社長や有力社員がいないなかで価値創造をしていかなければならないケースも多いです。創造・提供価値の明示とそれを前提とするオペレーションの構築・仕組み化は、自社の活動の焦点をはっきりさせ、事業を継続的に回し発展させていくために、一考に値する論点です。
信頼と対価を最大化できる価値の定義と日々の活動のあり方を、一本筋の通った形で描き、組織を巻き込みながら実行に移していくことは、経営者にしかできない大切な仕事です。これを経営者が意図的・戦略的に実現することで、新たな市場への進出の成功確率を大きく上げていくことができるのです。
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