スピードある成長のために事務所を移転する理論 ~戦略的に都市を選ぶ~
ここは東京人形町の料亭です。
カウンターの向こうでは、大将と一人の女性スタッフがきびきびと動いています。
H社長との付き合いは5年目に入っています。
コンサルティング後の呑みの席も恒例となっています。
H社長は話題を変えました
「先生が以前言われていた事務所移転についてですが・・・」
私は箸を止め次の言葉を待ちます。
「実は、まだ迷っています。」
この時の通販会社向けのサービスを展開するH社は、その県では一番のオフィス街にありました。
事業戦略から『事務所の場所』を考える必要があります。
誰を顧客とするのか、顧客からどのように見られたいのか、それらを考え事務所をどこに置くかを決定するのです。
ホームページや名刺に書かれた事務所の住所は、メッセージを発信することになります。それを受け取った顧客は、意識するかしないかは抜きにして、何かしらのイメージを持つことになります。
それを自由にさせてはいけません。それを、こちらの狙い通りのモノにする必要があります。
【東京】、【地方都市】、【その県の中心】、【郊外都市】
コンサルタントビジネスを例に、それぞれの場所に事務所を置いた時の違いを見ていきましょう。
【東京】
・そのコンサルタントは「全国」を相手にしている。
・地方の人は、東京にあるだけで「一流」だと思ってくれる。
・関東の人は、その住所によって格を測る。また、銀座なら重厚、表参道ならスマートという形で、街でもそのイメージをつくる。
・その値段も高いだろうと想像する。
【地方都市】
・その会社は、その地方を相手にビジネスをやっている。仙台にあれば東北地方を、福岡にあれば九州地方をという具合に。
・そして、そこそこ高いだろうと想像する。
ここで重要になる視点は、「人は川上に向かう」ということです。
(説明のために上や下を使いますが、良し悪しではありません。そこはご了承ください。)
名古屋の会社が東京の会社に頼むことはありますが、東京の会社が名古屋の会社に頼むことはありません。宮崎の会社が福岡の会社に頼むことはありますが、福岡の会社が宮崎の会社に頼むことはないのです。
その会社が、他に替わりがないサービスを提供していれば別ですが、基本的にはこの法則が働くことになります。
この法則が働くため、基本的に「立地的に下の業者」を探すことをしません。また、ホームページの住所を見て少し「冷める」ことになります。
【その県の中心】
・そのコンサルタントは、その県をマーケットとしている。岐阜県、高知県、鹿児島県。
・県内でも「川上」現象は起きる。豊橋の会社が名古屋の会社に頼むことはあっても、名古屋の会社が豊橋の業者にわざわざ頼むことはしない。
・価格は「県では一番上の価格帯」であろうと想像する。
【郊外都市】
・そのコンサルタントは、その市をマーケットとしている。豊橋市、都城市。
・価格は、リーズナブルで使いやすいものであろう。
我々は、「住所」からこのようなイメージを勝手に作っています。世の中や見込客はこれらを自然に抱くのです。
その良し悪しは、これを狙ってつくっているかどうかで決まります。
自社の考えるマーケットはどこなのか、そして、その中にどれぐらいの顧客となり得る人口(法人数)があるのか、そして、そのなかでナンバー1を取りに行く。
これらが考え抜かれて設計されており、それを計画通りに取りにいけているのかどうか、ということなのです。
そして、更に重要になるのが、ステージに合わせそれを変えていくということです。
多くの会社は、そのステージと共にそのマーケットを変えていきます。
【郊外都市の中心】から【その県の中心】に、そして、【地方都市】に。そして、最後は【東京】にと、メインとする商品、そして、顧客、そして、単価と共に、ステージを変えるのです。その時に、事務所の場所を変えることになるのです。
この『事務所の場所』理論は採用にも完全に当てはまります。
【東京】に置けば、全国から人が集まります。そして、その土地柄、知的労働者の割合が高くなります。
【地方都市】その地域全域から人が集まります。福岡には、九州全域から新卒者が集まります。
【県の中心】その県全域から人が集まります。多くの交通機関がその街を中心に放射上に敷設されており、毎朝人は川上に向かい通勤します。そこに比較して「優秀な人」の母集団が出来ています。
【郊外都市】その市と川下にある市から人が集まります。知的労働者は上記3つのエリアに行くため、その割合は下がります。その一方、肉体労働者の割合が高まります。
このように採用においても、事務所の場所は大きな要因となります。その影響は無視できないものです。
当社のクライアントは、年商数億円から年商10億円に進むときに、事業と採用のために事務所を移転します。また、当社はそれを十分に理解した上でアドバイスをさせて頂いております。事務所移転を大きな飛躍の機会として使うことができます。
冒頭の通販会社向けのサービスを展開するH社もその道を歩んできました。
当社に来られた5年前は、自宅のすぐ側の雑居ビルの一室に事務所がありました。そこは、その県の第三の都市です。
改革に取り掛かり2年後に、その県の中心から少し離れたオフィスビルに移転しました。
そして、その1年半後にその県での一等地の真新しいオフィスビルに移転をしたのでした。
事務所移転と共に、事業も伸び、より優秀な人が採用できるのを実感していました。
そして、今もそれは変わりがなく、順調に売上は伸びています。
その日のコンサルティングで大方針を確認しました。
そして、その日の食事の場がある人形町に移動します。
銀座からタクシーで10分の距離にあり、お手頃に良い料理が食べられる店が多くあるエリアです。
少し落ち着いたところで、H社長は思っていることを口にされました。
「次の事務所移転が必要なのではないかと感じています。」
いまH社は、その県で最も良い場所に事務所があります。次の移転となると、地方都市か東京しかありません。
H社長は、その理由を話されました。
やはりそれは大きく二つありました。
H社の提供するサービスの顧客である「通販業者」の多くは都市部にあります。この県では数えるぐらいしかありません。通信技術が進んだ現在、都市部と県都市という距離はそれほど業務的には問題はありません。顧客もそれを口に出すことはありません。
しかし、やはり「川下」とみられていることを感じることがあるのです。
また、もっと優秀な人材を求めるようになっていました。
H社のサービスにも多くの競合がいます。そこで勝っていくためには、最先端の技術導入とスピードあるサービスの革新が必要です。それを成し得る人材を獲得する必要があります。
しかし、この地域にそれだけの人材はいません。この県ではH社はすでに最先端であり、他には自社より小さい会社ばかりです。大都市に行けば、同業や似た業種で、うちより大きな会社は沢山あります。そこからの転職者の獲得の確率は断然高まります。
私は、確認のためにお訊きました。
「都市部の在宅勤務者を採用することはできませんか?」
H社長は答えました。
「それはすでに取り組んでいます。しかし、やはり彼らからすれば、在宅といえども、こんな地方の会社に就職する理由がありません。」
ここでも川下であることが影響してくるのです。
また、H社長は、採用できる人材が「小粒化」していることを感じていました。
この県では注目される会社になり、採用には困らなくなりました。しかし、その一方で応募者が「無難化」してくるのを感じるようになりました。どこか野性味というか、尖った人がいなくなったのです。
その翌朝、パソコンを開けるとH社長からメールが届いていました。
短い文章で、お礼と移転に向けて動きたいという旨が書かれていました。
(まとめ)
・事務所の場所は、事業の成長スピードに大きな影響を与える。
顧客からの見え方、市場の大きさ、そして、採用から、事務所はどこにあるべきかを考えること。
そして、そのタイミングで移転の決断をすること。
・その結果、会社のステージが上がることになる。
それと同時に社長自身のステージも上げることになる。
自分より先に行っている先輩社長の多い街に自分の身を置くことになる。
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