そう簡単に、会社を売却することを考えないでください。
東南アジアの大都市、夕方のラッシュアワーを前にして、行き交うバイクが増えてきました。
クラクションと排気ガスが汗にまとわりついてきます。
指定されたスターバックスの前に居ると、声を掛けられます。
「先生、ご無沙汰しております。」
そこには、こんがり日に焼けたQ社長が立っています。
暑さから逃げるようにホテルのラウンジに移動し、ビールを流し込みます。
私は訊きました。
「あれから何年が経ちますか?」
Q社長が答えました。
「もう10年になります。」
会社を後継者に譲り、この国に移住し、のんびり隠居生活を送っているはずでした。
しかし、理由があり、社員数400名の会社の社長をやっています。
会社を売って
「はやく引退したい」、
「それを原資にいくつも事業を立ち上げたい」、
「経営者でなく、投資家になります」
そんな望みを言う経営者は、少なくありません。
私は、それに対し、次の通りお伝えしています。
「そう簡単に、会社(事業)を売ることを考えないでください。」
私は、コンサルタントを22年やっています。
これだけの期間やっていると、色々な経営者の「引退」も見てきています。
そこから、私が出した結論がこれになります。
「会社を売らないという選択も良い」。
当然、自分が高齢であったり、何かしろの理由があったりすれば、それは別です。
しかし、若く元気なうちは、それを考えるべきではありません。
その理由は次になります。
一人の人生の中で見つけられる「これだというビジネスモデル」は一つ。
これだというビジネスモデルを見つけることは、そう簡単なことではありません。
それも、大きくなる&儲かるビジネスモデルとなれば猶更です。
そのため、人生の中で、それを発見できる人は稀なのです。
多くの経営者は、それを発見できずに終わります。
だから私は、それを発見できたクライアントに対し、「早く規模を大きくしてください(他社に負けないために)、そして、本当に自分のものにしてください」とお願いをしております。
今のビジネスモデルを売った後に、次のそれが簡単に見つかるとは思わないでください。
再びそれを見つけられた経営者は、一つ目を見つけられる以上に、稀なのです。
実際に、売却後にタレント化している元社長は少なくありません。
だから、私は「今のビジネスを大事にしてください。」とお伝えしているのです。
また、一部こんな理論をお持ちの方がいます。この理論により、「自分が引かなければならない」と思い込んでいるのです。
「会社の規模や事業のステージによって、求められる社長のタイプは違う。それに合わせ、社長は替わっていくべきだ」と。
これは、完全に間違った考え方です。
自分が大きくした事業であれば、そのまま、自分が社長として続投するべきです。
その方が、この先の成功確率はぐっと高くなります。
ここまで事業を大きくした実績があります。それは、それだけ学び変化してきたことを意味します。そして、この事業にそれだけの情熱と粘り強さを持てる人は他にはいません。
事実、創業から上場し大企業になった今もトップをやっている社長は多くいます。
そして、今もガンガン動いています。事業を伸ばしているのです。
大きくなるとまた違う世界が待っています。ぜひ、それを楽しんでください。
一方で、「ダメになった会社もあるのではないか」という声が聞こえてきそうです。
それは、あくまでも、その事業が、市場に必要とされなくなっただけです。お客様の欲求の変化についていけていない、または、競合に負けだしたというだけなのです。
その現象は、社長が社長としての役目をしなくなった時に訪れます。
「市場変化を自分で感じる」、「変化を先読みし、思い切った意思決定をする」、「沢山の失敗をしながら、その中を前進する」、それが出来なくなったのです。
それは、「事業のステージに合わせ、社長は替わっていくべきだ」という理論とは全く関係のない話です。
「会社の規模や事業のステージによって求められる社長のタイプは違う。だから、それに合わせ、社長は変わっていくべき」が、正しいのです。
12年前、冒頭のQ社長から相談を受けました。
当時、Q社長は、社員数20名ほどの特殊製造設備のメンテナンスを事業としていました。
「健康上の理由で私には時間がありません。そして、会社には仕組みが無く、誰かに売ることも継ぐこともできない状況にあります。」
それからすぐに取り掛かり、2年が経つ頃には、社内の仕組みは整備されました。日常の業務は、Q社長が居なくても十分回っていきます。
この過程で、社内から頭角を表す者がいました。
彼は、30代後半と若いですが、やる気と能力に溢れています。
Q社長は、この会社を彼にほぼ無償で譲ることにしました。
そして、温かい国でゆっくりしますと、海外に移住をしたのでした。
それから3年が経とうとするある日、Q社長から電話がありました。
「先生、こっちで会社をおこしちゃいました(笑)、また遊びにきてください。」
お付き合いのあった海外進出している会社に引退と移住の挨拶に行くと、まだこの国に無いものが沢山あることが解りました。そして、その会社から「ぜひ、〇〇の加工をやってほしい」と頼まれたのでした。
また、Q社長は、「暇」を持て余すようになっていました。
20代で会社を興し、30年の間、毎日駆けずり回ってきました。それが、無くなってしまったのです。
また、暇な毎日を送っていると、自分の元気が無くなってくるのが解ります。
これも「事業を売らないほうがよい」理由の一つです。
暇になると、人間は急にふけるのです。張りのある毎日のためには、事業は最高なのです。こんな刺激的なものはありません。
事業以外の趣味を見つければいいと思っても、そう楽しいものではありません。忙しい毎日の中でするから、ゴルフや釣りという趣味は楽しいのです。
また、経営者仲間との関係も疎遠になります。かたやバリバリの経営者、かたや隠居した経営者、では話が合わないのです。これは、「投資家」や「アドバイザー」という肩書になっても変わりません。
(できれば、後継者に譲った後も、肩書を残してもらうといいでしょう。
何かの会合に参加する時や地域活動に奉仕する時も、「〇〇株式会社 会長」という名刺があるかないかでは、全く違います。)
Q社長は、自分に何かあった時も問題が起きない形で会社をつくり、社長に就任しました。
それからのQ社長は、以前のように働き出しました。いえ、それ以上にです。
この年齢になり、迷いが無くなっています。また、仕組化や組織化のやり方も解っています。
何のしがらみもないこの国とこの市場には勢いがあり、それを客観的に見ることができます。
思い切った手を次から次に打っていきます。
トップ営業も喜んでいます。そして、社員を増やしていきます。
気付くと体調も良くなっていました。
Q社長が会社を譲り、こちらに移住してから10年が経ちます。
社員数400名ほどの規模になっています。
(まとめ)
- そう簡単に、会社(事業)を売ることを考えてはいけない。
- 一人の人生の中で見つけられる「これだというビジネスモデル」は一つ。大きくなる&儲かるビジネスモデルを見つけることは、そう簡単なことではない。2つ目は更に稀。
- 「会社の規模や事業のステージによって、求められる社長のタイプは違う。それに合わせ、社長は替わっていくべきだ」は、完全に間違った考え方。
- 暇になると、人間は急にふける。自分の張りのある毎日のために事業は最高。
- ぜひ、その稀有の能力をもっと世の中を良くするため、もっと多くの人を幸せにするために使ってください。
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