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備えあれば、憂いなし

SPECIAL

「信託」活用コンサルタント

株式会社日本トラストコンサルティング

代表取締役 

オーナー社長を対象に、「信託」を活用した事業承継や財産保全、さまざまな金融的打ち手を指南する専門家。経営的な意向と社長個人の意向をくみ取り、信託ならではの手法を駆使して安心と安全の体制をさずけてくれる…と定評。

「仕切り直しといたほうがいいね」とN社長。確かに、悩みどころです。何事も理屈で割り切れば簡単なのですが、人には感情があります。何とも厄介ではあるけれども、感情があるから人間ともいえるわけですので、なんとも悩ましい問題です。

 

1.コロナで生じた社長の悩み

N社長には娘が二人います。長女は海外留学して、そのまま現地で結婚。次女の配偶者を後継者とするのが既定路線です。ところが、コロナで流れが変わってきました。長女一家が日本に帰国して、長女と子供はそのまま日本で暮らすことになったのでした。

もともとN社長が親から引き継いだ自宅兼事務所ビルは都内の優良立地にあります。賃貸物件の一つに長女一家が引っ越してきて、今も長女と子供が住んでいます。長女が戻ってきてくれたのは嬉しい反面、なんとも微妙な状況になりました。

父親としては仲の良い姉妹だから大丈夫と思いつつも、もしもボタンを掛け違えたら大変です。そこで、冒頭のセリフとなりました。

長女は海外に生活基盤あるので、次女が会社関係の資産を引き継ぐというのが家族の暗黙の了解事項でした。N社長は暗黙といっていますが、次女とすれば当然という感じかもしれません。ここに感情と勘定というテーマがでてきます。

面白い実験があります。売値が6ドルの大学のロゴ入りマグカップを大学生にプレゼントします。プレゼントされた大学生にいくらで売るか確認すると平均7ドル強でした。一方、別の学生がそのマグカップをいくらなら買うか確認すると平均3ドル弱となりました。

同じモノでも、モノを獲得する時の価値の感じ方と、モノを失うときの価値の感じ方は違うのです。マグカップの例でいえば、貰ったものを失う価値(7ドル強)は、同じものを獲得するときの価値(3ドル強)の2倍以上になります。

なぜ価値の差が生まれるのか、という点も気になりますが、N社長にとっての問題は長女と次女のバランスです。長女がこのまま日本に定住するのか分かりませんが、N社長に相続が発生したときのことを考えると地ならしをしておいてほうが良いのはいうまでもありません。

次女としては実家の事務所兼自宅ビルや自社株式など自分が引き継ぐものと思っていたところに、長女が帰国。そのまま実家に落ち着いているとなると心中穏やかではないでしょう。今のところ何が起きたわけでもありませんが、心配ではあります。

2.参加者意識

相続の実務に立ち会いますと、亡くなられた方の遺産の配分方法が遺言などで決められているとは限りません。この場合、法定相続人の話し合いで決めるのですが、話し合いが決裂して裁判所のお世話になることになります。

強力なリーダーシップを発揮する相続人が全体を取りまとめていくこともあれば、逆にリーダーシップが反発を招いて上手くいかないこともあります。この辺はなんとも難しいとこです。

やはり、一連のプロセスの中で出てくる問題が「感情と勘定の問題」です。財産は相続税評価額という相続税の申告をするために計算した財産の評価額で数字として示されます。その数字をどう感じるかは、各人の理性だけでなく感情によるところも大きいのです。

N社長の資産の中心となる自社株式も経営の一翼を担う次女と、経営に関与しない長女では感じる価値は違います。相続税の負担を減らすための相続税対策も大切ですが、それを引き継ぐ人のことも考慮する必要があります。

もし、会社経営に関与しない長女が自社株式を相続するとすれば会社のオーナーの一人です。オーナーとは「所有者」を意味しますが、オーナーシップとなると「会社に対して当事者として責任をもってかかわる意識」となります。

自社株式を保有するという立場は、同族企業(ファミリービジネス)の一員として、当事者意識をもって会社経営に関与することを求められるということです。そうであれば、自社株式を保有することの意味、意識、役割を整理しておく必要があるでしょう。

 

3.善良なる第三者

相続の現場で税理士などの第三者が、中立的な立場からの意見を求められることがあります。求められれば、相続人などの関係者に対して客観的な意見を述べますが、決めることはありません。

話し合いをすると、どうしても意見が対立、停滞することがあります。こうしたときに方向性を整理するために場の流れや雰囲気を整える必要がありますので、そのためのきっかけをさりげなく作ります。このことを「ナッジ(nudeg)」といいます。

ナッジの意味はもともと「ひじで軽くつつく」「背中をつついて合図をおくる」ということですが、これを転じて「選択の自由を残したまま、より良いものに気付かせる誘導すること」という意味合いで使われます。

海外の空港での実験です。男性用のトイレの便器に小さなハエのシールを張りました。その結果、男性の意識はハエに集中することになり、便器の周囲の汚れが劇的に減ったそうです。このハエのシールを張る行為がナッジです。

「もう一歩前へ」と命令されるわけでもなく、「綺麗に使ってくれてありがとう」とお願いされるわけでもなく、男性諸氏がハエをめがけて用を足すという自主的、主体的行為によりトイレが綺麗に使用されるという素晴らしい結果を得ました。

家族という共同体が相続という場で向き合うときも、善良なる第三者としての立場から関係者の勘定だけではなく、感情に配慮してナッジを投げかけられる人がいるか、いないかは重要です。言い方をかえるとファシリテーターかもしれません。

ただ、相続が発生してファシリテーションで解決できることは多くありませんし、そこまで求めるのは酷でしょう。やはり、相続が発生する前の事前対策、事前準備のほうが大事なのです。

 

【まとめ】

様々なことが変わりゆくなかで必要な備えをしていますか。
社長に必要なのはリーダーシップ。次の世代に必要なのはオーナーシップです。

そして、何よりも大事なポイントは、「備えあれば、憂いなし」です。

 

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