「偶然」から占う「その先」
お世話になっているメーカーのF社長から「うまいワインを飲みに来ませんか」と、お誘いがありショールームに出向いて行った時のことです。そのショールーム近くには会いに行きたかった人もいましたので、ふたつ返事で予定を入れることにしました。
その後、担当の方から連絡がありました。「当日、大学生も何人か来る予定です。よろしければ、弊社製品の採用事例の簡単なプレゼンをしていただけませんでしょうか。」「おそらく夜もうまい店にくりだすと思いますので、ぜひご一緒してください。」
F社長は大変なグルメであり期待していましたので「プレゼン」も「うまい店」もお引き受けしました。
意外な「交流機会」
当日、約束の時間にショールームに着くと、F社長とスタッフ数名が迎えてくれました。音響のいいスペースに素敵な音楽が流してあります。ひとしきり近況の話をしていると、男女半々で4名の大学生と引率の教授が帰ってきました。「フィールドワーク」に出かけていたのです。私と同様このショールームには遠方から来たとのことでした。彼らは「建築・環境デザイン」が専攻の学生たちで、彼らもF社長に「プレゼン」をしに来たのだというのです。
どうやらF社長の発案で、新しい営業所の内部設計を依頼したようです。「施工はどうするのですか?」と尋ねると、教授が施工業者を知っているようで任せるのだとの回答です。教授はデザイン事務所を経営しつつ、教鞭をとっている方でした。Tシャツ短パン姿で、いまどきな感じの風貌です。
「吉岡先生、さっそくプレゼンお願いしてよろしいですか?」と促され、初対面のご挨拶もそこそこに大きなプロジェクター画面が用意されました。F社長のリクエストどおり20分ほど製品の採用事例とそこから分かった点を話しました。途中、質問がF社長と大学生からいくつか飛び出し、回答していると40分になってしまいました。大学生からの質問は女子からばかりで積極的。これも世相をあらわしているのかもしれません。
質問は、あたらしい営業所計画に絡めた内容で答え方が難しいのもありました。どうやら大学生たちの「プレゼン」は早い時間に既に終了していたようです。「こんな趣旨ならもう少し早く来て私も見せてもらっとけば良かったかな」と思いましたが、この行き当たりばったりな感じをF社長は好まれているのでしょう。そのほうが「本質」が見えやすいからです。こういうのは会社員時代から慣れていましたので、それなりに楽しめました。
理系大学生の今昔
ショールームを跡にして、歩いて夕食に出掛けました。F社長は歩くのが好きです。そして速い。大学生たちは徐々に遅れていきます。大学生と話しながら歩いていたら、F社長が見えなくなってしまいました。
インターン先の企業に行っていたという別の学生も合流して人数が増えました。道中、どうやら自分が彼らの両親よりも歳が上であることが判明しました。自分の娘たちよりずっと若い面々とゆっくり話すのは久しぶりです。
1キロちょっと歩いてF社長の行きつけの店に着きました。そこは郷土料理の店で、ここには「うまいワイン」はなさそうです。予約してあった大テーブルに社会人と大学生が交互に陣取りました。合コンのようです。乾杯をしてから、まず質問してみました。
吉岡 「建築・環境デザイン学科って建築学科とどう違うの?」と
大学生A 「建築・環境デザインのほうが幅広く実務が学べて就職先の範囲も広い感じです」
大学生B 「環境デザインって大学によっては文系寄りのところもあるので内容は色々なんですが、うちの大学はわりと建築系です」
大学生C 「まあ、建築学科よりデザインってついてるほうが学生が集まるからじゃないっすか?」
おー。なるほど。。。
次に今回の滞在について聞いてみました。
吉岡 「今回の滞在は、学校ではどういう位置付けなの?」
大学生C 「オープンデスクみたいな感じっす。」
吉岡 「オープンデスクって???」
大学生A 「いわゆるインターンですけど。大学ではそう言ってます。」
大学生B 「ひょっとしたら採用!みたいなインターンではなくて、ただ職場体験で模型つくるみたいな。。。」
吉岡 「オープンデスクでは、採用はないよってこと?」
大学生B 「そうですね。」
ほー。そうなんや。。。
若い面々はお酒も食事もガンガン進みます。こういう場でも女子のほうがパワフルな印象を受けます。向かいに座っていた女子は、親御さんの意向もあって2時間近くかけて大学に通っているのだそうでした。そこから女子同士で徹夜自慢、体力自慢が始まりました。
「理系学生のこういう感じはあまり変わってないな」と親近感を持ちました。しかし、捉えようによっては「私たち、ブラックな業界に突入する体制に入ってます」とも聞こえ、可哀想な気もしてきました。彼らは大学に入って、大人から変な「覚悟」を刷り込まれてしまったのかもしれません。
教授がいい感じに酔っ払って、熱く語り始めました。
教授 「こいつらは本当に優秀なんすよ。本当、かわいい。」
教授 「可能な限り外部で色々な体験をさせてやりたいんだけど、実際のところ大学内での手続きが滅茶苦茶めんどうでして。。。」
吉岡 「今回はお忍びだったりするんですか?」
教授 「ちょっとそういう部分もあります。そこはF社長に便宜をはかってもらってですね。」
F社長は他の人たちと盛り上がっています。色々ありそうなのでそれ以上は追求しませんでしたが、大学内での大人たちの空気感は十分伝わってきました。
大学生たちは、皆3年生です。そろそろ就職を意識していて、明るい中にも「不安」と「プレッシャー」がチラチラ覗きます。若い人たちにつられて、私もぐいぐい飲み干していい感じに酔っ払ってきました。
吉岡 「いくら能力が高くても、すごい技術を身につけたとしても、自分で売れないとキビシイよ。自分で集客できないと。」
大学生一同 「???」
F社長・教授 『黙ってうなずく。。。』
F社長 「今日はいい会になったねー。みんな、もう一軒いこうか。」
ハイペースの飲みとともに、夜は更けていきます。
↑「オープンデスク」って「期待しないでね」という意味で使い分けられているようです
「仲間」を見つける営み
翌朝、ショールームでの朝食会に誘ってもらいました。担当の方から「朝の散歩もセットが恒例です。汗かいてもいい格好で来ていただければ。。。」というアナウンスがありました。
二日酔いでしんどいかもしれないので、やめとこうかと思ったのですが「タフ自慢」の大学生たちとは、もう会えないかもしれません。参加することにしました。
早起きして行ってみれば、朝食から参加の大人も数名いらっしゃいました。社員の方が準備してくれたコンチネンタルスタイルの朝食はシンプルなメニューでしたが、食材が全て特別なものでした。聞いてみたら、F社長が食べて美味しいと思ったものばかりだったそうです。
みんな二日酔いでしたが、ガッツリ食べてお約束の散歩に出かけました。ついていってみたら坂と階段ばかりで、散歩というより軽いトレーニングでした。担当の方が「汗かいてもいい格好で」と言ってた理由がここでよく分かりました。
大学生たちと歩きながら、それぞれ選択しているカリキュラムのことなどを話題にしながら歩きました。3年生の夏休みが終わろうとしているこの時期、しこたま飲んだ翌朝に汗を拭き拭き話してくれたのは、やはり「不安」についてがほとんどでした。
大学生B 「入学する際の学科のカリキュラムは通常の建築学科に比べてすごい実戦的に見えたんですけど、実際に働く環境に結びつくのか疑問になってきました」
大学生A 「3年生になったら、そろそろ決めないといけない雰囲気になってきて。色々と。」
大学生C 「もう、時間切れになってきたような。。。」
ひとりが話し出すと、歩きながらも他の人が次々かぶしてきます。私たちの頃の学生よりはずっと真剣ですが、昔より情報が多すぎて後ろ向きになっている感があります。
幅広いカリキュラムに気を取られて「専門性」による「自信」が持てないのでしょう。そして、何がしたいのかがいまひとつ見えてこない事に焦りがあるようです。「いろいろなもの」が気になって自分で決められないのです。
F社長は歩くのが速いので折り返し地点での休憩中が唯一の全員集合でしたが、この2日間で採用候補も見定めたようでした。実は、教授は以前スタッフとしてF社長の会社で働いていた時期があったそうです。
朝の日差しが強くなってきたころ、ショールームに帰ってきてから皆さんとお別れしました。後日聞いてみると、F社長は定期的に今回の様な色々な人が出会う「サロン」を行なっているそうです。
その度に社員の方も準備などで大変そうでしたが、そうして世の中の動きや採用の機会を得ているようです。遊んでいるようにも見えますが、この方法でちゃんと社長の仕事をされているのです。おそらくは日常業務をまわす仕組みと人材が社内に整っているからこそ出来ることでしょう。
「ネットや印刷されたものは過去の情報。過去のものばかり見ていても先は見えてこない。」と、F社長なりの方法で時流を見ているのだそうです。経営者が「明日」を感じる方法は多様です。「うまいワイン」につられてよく分からずに参加した私にも、ようやくその趣旨が理解できました。
気づけば、結局ワインは飲まずじまいで「また次回にぜひ」ということになってしまいましたが、私にとっても良き機会になりました。こうしてF社長は「その先」を見出すためにより多くの「偶然」をつくっているのです。
↑今どきの大学生も「いろいろなもの」と戦っているのです
社長の会社では、学生や直接取引のない人たちと普段どのような交流をされていますか?その際、社員にもそういう場での体験機会を提供されていますか?
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