新しい物語にリニューアルする時の注意点
いよいよ9月、2021年も3分の2が終わります。これからの4ヶ月は2023年頃の自由に行動できる空気感になった未来へ、ビジネスをブラッシュアップする時です。とはいえ、フランスやアメリカなどの都心部では、人々がマスクなしで街に繰り出しています。ロックダウンする国もあったり、ワクチンパスポートを求める国もあり、それぞれのルールで新しい生活がスタートしていることがネットニュース等で伝わってきます。
一週間で刻々と変化する今、もうすでに新しい価値観やルールが生まれ、試され、また消えていくような時です。コンサルティングの現場でも、本業の数字を追いながら、「コザキ先生、来年以降の商品戦略ですが、方向性としては・・・」という、方向性確認が中心のテーマになっています。
先だって、面談されたK社は創業60年以上のものづくりの会社です。K氏は3代目です。1960年代は創業者の時代で、戦後のモノ不足からの再生、高度経済成長へと会社を拡大していくことがテーマでした。1980年代の2代目社長の時代には、バブル期を迎え「大量生産」「大量消費」へとシフトしていました。そして2000年代、3代目社長へとバトンが渡された時、ネットの普及と中国企業の参入でマーケットは荒れ、商品サービスはコモディティ化。20年を経てコロナ禍を迎えています。100年周期の疫病に当たりました。
K氏曰く「SDGsの気運がたかまっていますし、マーケットも動きはじめているように思います。創業者やオヤジの延長線上ではダメで、ウチも持続可能なものづくり企業としてシフトしていく方向で、商品化を進めていきたいのです」とおっしゃいました。ですが、この発言には大きな問題があります。
自社を「持続可能なものづくり企業」と定義しています。K氏は「持続可能なものづくり」というコンセプトで商品戦略を考え、今ある資源を活用して商品リニューアルしたいと考えた上で、ご相談にいらしたわけです。しかしその発想では、お客様に手にとっていただけるような魅力的な商品づくりはできません。
「持続可能なものづくり」というコンセプトは、今にはじまったことではなく2000年頃から大手広告代理店を中心に「サステナブル」というキーワードでコンテンツ化されてきました。楽しいエコ活動の延長線上という空気感で「サステナ」という言葉が仕掛けられていました。
そして2019年頃よりリニューアルされ、コロナ禍になって生活者の中で浸透し始めているのです。なぜ、生活者の中で浸透しはじめているかに着眼することが必要不可欠です。
一方、わたくしがK氏に違和感を感じたのが、生活者が持つ意識と、商売人としてのK氏の意識のギャップです。K氏はご自身の直観から「持続可能なものづくり」を時代のトレンドとしてとらえ、「必需」と感じ、先のように発言されています。
生活者の意識はむしろ「持続可能」というキーワードを、一企業が「トレンド」として見る姿勢には共感できないところまできています。特に若い世代ではモノに縛られない、シェアリングが当たり前になっています。また、若者の間で高まっている健康志向は、地球環境の汚染に対する「不安」が背景にあります。
若者だけでなく、中高年世代も黙していますが、大量消費の価値観を恥じている感覚があるはずです。なぜなら、コロナ禍だけでなく、地震や豪雨など自然災害を経て、地球環境の変化について身を以て体験しています。心身の健康が脅かされ、経済が止まり、社会には不安に溢れ、痛みを伴った体験が続いています。
こうした時代感のなかで、生活者が求めているのは上っ面の「エコ活動」ではありません。生活者が求めているのは、企業としての「責任」です。責任表明を求める意味は、生活者として「安心」が欲しいからです。地球に根をはる生活者としての足元の暮らし、今そこにある「不安」を清め、毎日を安心して暮らしたいと願っているからです。
そもそも、新しいものをつくるということ、その「ものづくり」「商品づくり」自体が、地球環境を汚染しているのではないか。その本質をひとっ飛びにして、自社は「持続可能なものづくり企業」と定義することは、思考停止の状態です。
アウトドアメーカー「パタゴニア」の期間限定ショップでは「必要なモノは買わないで。」というPOPが掲げられ、話題になっています。直近の8月30日付の日経流通新聞において、同社日本支社長のマーティ・ポンフレー氏のインタビューが掲載されています。
米国パタゴニアが自社の古着を買い取りリセールする「Worn Wear(ウォーンウエア)」を、日本でも始めたという記事です。海外で成長する事業であり、日本の古着やリペア人気の高まりから機は熟したと判断し、期間限定店をオープンさせました。
氏はインタビューの中で、「アパレル産業は環境汚染産業」と定義しています。そして、「何がサスティナブルな服なのかと聞かれますが、パタゴニアの創業者が言うように『持続可能というものはない』のです。」とし、自分たちのことを「サステナブルではなく、レスポンシブルカンパニー(責任ある企業)」と定義しています。
こうして、服のリセールビジネスを海外では成功させ、日本での展開を始めた同社ですが、この商品戦略は自社ブランドを否定するのではなく、パタゴニア社にとっては創業者の思想を核に「ずっとそうした理念でやってきた」延長線上のビジネスだということを忘れてはなりません。
翻って、持続可能なものづくり企業になるんだ! と宣言したいK氏においては、世の中のトレンドをいったん捨てた上で、自社の「核」を確認することが必要不可欠なのです。K氏だけでなく「商品リニューアル戦略」の看板を掲げているわたくしどもの元には、「SDGs」を切り口とした商品リニューアルのご相談がとても増えています。
革新的な商品戦略に必要不可欠なのは、思い込みや常識を打ち破ることです。最初から「持続可能」「SDGs」というトレンドワードで自社の世界に境界をつくってはいけません。それはとても愚かなことです。自社が持ちうる資源である「時間」の無駄遣いです。
商品リニューアルというのは経営そのものです。なぜなら、商品とは「何のために自社が存在するのか」という存在意義を表現したものだからです。説明も必要ですし、企業として確固たる責任を提示することが、当たり前なのです。K氏には、自社のものづくりの原点について考えていただくようお願いしました。
「コザキ先生! 危なかったです。また小手先で商品をつくるところでした。勝手に決めつけるのではなくリセットして考えてみます。原点回帰ですね! あっ、いやそれも決めつけか…とにかく本質に戻ってみます」とK氏。3代目である自分が次代へバトンをつなぐ20年に思いを馳せています。
どんな企業にも一社一社それぞれに、それぞれの物語があります。そして、ひとつとして同じやり方はありません。何かを始める時「明日からやってみよう」では、いつになっても始まりません。このコラムをお読みいただいた「今」がスタートの時です。この差が実は大きいのです。自社のポテンシャルを小さく見積もってはもったいない。強く大きく飛躍するために、わたくしどもが力強く伴走してまいります。
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