仕組みと人と組織の関係の全体像。H社長が女性社員に怒ってしまったエピソード
家庭向け家電サービスを展開するH社長から、現状の報告があります。
「昨年対比140%で推移しています。しかし、昨年のようなドタドタはありません。社員は、残業も殆どなく18時には帰っています。」
H社長が変革に手を付けて、ちょうど2年が経っています。
やはりその過程には大変な苦労があり、H社長に尊敬の念を抱かずにはいられません。
H社長は、次はコールセンターの仕組化に取り組んでいます。あまり進捗は芳しくないようです。H社長は、言いました。「怒れちゃいますよ。」
その言葉を聞いて、まだお手伝いできることがあると嬉しく思えてしまうわけです。
仕組みは、人を『バカ』にします。
人がいちいち考えなくて良いようにします。また、人が間違えないようにします。その結果、効率はどんどん上がることになります。また、そこに「後の人に対し、同じ効果を発揮する」という再現性を得ることができます。
それは、「人が考えないように仕向けている」、「人の間違える機会を奪っている」とも表現できます。
便利になり、楽になればなるほど、人への負荷は減り、その分、人を『バカ』にしていくのです。そして、『バカ』を量産しているのです。
そういう意味では、「人の世」とは、必ず人を『バカ』にするように出来ているのです。
- コンビニに行けば、買い物しやすいようにレイアウトされています。人に尋ねる必要はありません。子供向けの商品は、子供の目の高さにあります。
- イラストソフトを使えば、誰でも、好きな色を出すことができます。色の原理を知る必要も、絵の具を実際に混ぜる必要も無いのです。
- 社員は、社会保険料を個人で納める必要はありません。その知識も全く必要ありません。会社や外注先がすべてを代行してくれます。
世にあるサービスは、顧客である人や会社に貢献するために存在しています。より大きな「便利さ」や「快適さ」を与えてくれます。喜ばれた結果、お金をもらいます。それが、会社の使命なのです。
そして、そんな会社の良いサービスを我々は購入します。
基幹システムを入れた分、業務の効率が上がります。社会保険に関する事務業務を外注化します。そして、また楽になります。
そして、その分だけ、社員は『バカ』になります。気づくと、社員は、基幹システムの中身はおろか、業務フローも書けなくなっています。社会保険制度を知っている者も、皆無になっています。
一つの会社が一生懸命にサービスを売るほど、ある会社の社員を『バカ』にしているのです。これが、社会の構図なのです。
一つの業務を仕組化すれば、社員から考える機会を奪うことになります。
一つのサービスを取り入れれば、社員が勉強する機会を奪うことになります。
(そして、最終的には、労働の機会まで奪うことになります。)
しかし、実際に社員が『バカ』に成り切ってしまうことはありません。
会社は、常に変化しているのです。
- 競合に勝つために、どんどんサービスを改良していきます。
- 毎年落ちる集客効率を保つために、新たな集客方法を開発します。
- 取り巻く環境が変わります。法律、外注、原材料の品質など、それに合わせ仕組みを作り変えていきます。
その変化は、非常に速いのです。
スピードを持って、どんどん変えていく必要があります。
そのため、社員には、『バカ』になる暇など全く無いのです。
これらの取組みをしている以上、社員には、どんどん考えることが求められていきます。そして、仕組みも良くなっていきます。それで何とか会社は、世の変化についていけるのです。
その成長サイクルを回します。
そのサイクルにより会社の仕組みが良くなります。そして、社員も育っていきます。これも、会社が持つ一つの機能であり、仕組みなのです。
残念ながら、2年前のH社には、この仕組みが有りませんでした。
- 問題が起きると、社長が聞き取りを行い、指示を出します。
- 広告制作業者との打ち合わせは、社長が行います。そして、その後の更新も、社長が依頼をかけます。
- 案件管理のためのエクセルのシートは、ここ何年も進化していません。社長がつくったままの状態で、何年も変更されていません。
H社長は、手一杯の状態になっていました。仕組みの改善は、すべてH社長が担っています。また、お客様宅を訪問し仕事を取ってくるのも、多くがH社長です。
その一方で、社員は全く余裕の状態だったのです。彼らは、毎日同じ作業を繰り返すだけです。材料の手配、そして、工事、多少頭を使う必要がありますが、すでに慣れ切っています。まさに「バカ」を量産していたのです。
それでも、H社長は、『昨年より多い年商』を目標にして頑張りました。
ポスティングや過去客へのキャンペーン葉書の送付などの施策を行います。
その結果、受注量は多くなります。そのまま、自分が忙しくなるのです。
そして、社員が、材料手配のミスやお客様への連絡漏れなどの問題を起こすのです。
過去には、この状況を打破しようと、コンサルティング会社に社員研修を依頼したこともあります。その研修は非常に盛り上がりました。しかし、その効果が長く続くことはありません。
H社長は、当時を振り返り言いました。
「当時は、本気で変わると思っていました。しかし、会社に根本的な仕組みが無いのです。彼らが、どうこうできることなど無いのです。」
今は、社員と一緒に仕組みの改善を進めています。
その成果もあり、昨年対比140%の売上げでありながら、社内は混乱をしていません。2年前であれば、これだけ増えれば、パニックになるはずです。
H社長は、会社全体が変わってきたのを実感しています。
職場全体に良い緊張感があります。社員同士が必要に応じ、打ち合わせを行っています。社員の入れ替わりも起き、人材レベルも格段に上がったことを感じます。
そして、H社長は、いよいよ基幹となる業務の変革に取り掛かったのです。
それは、「カスタマーセンターの設立」です。すべての業務の中心を、カスタマーセンター(以下:CS)が担う状態にするのです。
いままでは、次のような業務の流し方をしていました。
・営業部が受注してきたものを工事部に回します。工事部は、材料の手配とお客様との調整を行い、工事を行います。そして、管理部に請求書の発行を依頼します。
それを次のように変えます。
・すべての案件の入口をCSが行います。客先への訪問を営業担当に指示を出します。営業担当は戻ってきたらCSに報告します。次は、CSが工事部隊のスケジュールを確認し、お客様と工事の調整を行います。完了報告を受け、CSからお客様にフォローの電話を入れ、請求書の手配をします。
これが完成すれば、業務の中心を完全にCSにできます。
CSは、社内で業務をします。そのため、安定した品質を確保できます。また、スピードを持った改善も出来るはずです。そして、そこでは女性の特性を活かすことができます。
女性のホスピタリティある対応、また、高いルーチン化力が活かせるはずです。
そして、男性は、営業と施工を担います。これらの業務は、男性の特性に合っているのです。「外で男が稼ぎ、内を女が固める」体制が作れるのです。
これが、組織の一つの理想体なのです。
しかし、その取組みがなかなか進んでいません。
多くの女性社員は、工事部隊との調整がうまく出来ません。それどころか、積極的にその業務を担おうとしていないと観えるのです。その結果、一人の優秀な女性社員にその業務が集中しています。
H社長は、注意をしました。
「全員で分担してください。そのための仕組化です。」
しかし、また知らない間に、その一人の優秀な社員が多くを抱えるようになっていったのです。そして、数名から「家庭の事情」で退職の意向を伝えられたのです。
H社長は、矢田に相談をしました。それが冒頭です。
「先生、彼女達は、何でやろうとしないのでしょうか?怒れてしまいます。」
私は、お聞きしました。
「その業務には、決断、判断、作業、どのレベルが必要ですか?」
H社長は、すぐは質問の意味が理解できませんでした。
私は、補足します。
「決断であれば、心を使う必要があります。判断であれば、頭を使う必要があります。作業であれば、手を動かします。」
H社長は、腕を組み、天井をにらみ考えます。
そして、答えました。
「その業務には、決断が伴うのかもしれません。だから彼女たちは、その業務を嫌がるのですね。」
女性の特性に、「人の感情に気を使い過ぎる」というものがあります。仕組みができていないために、工事部隊に依頼する時に、「配慮」と「遠慮」が生まれてしまっていたのです。その状況に、彼女たちは疲れていたのです。
私は、御聞きしました。
「我々は、どこを目指すべきですか?」
H社長は、すぐに答えます。
「判断です、いや、作業ですね。作業レベルにして、いちいち考えなくて済むようにする必要があります。」
H社長は、すぐにCS業務の見直しに取り掛かりました。その場には、CSのメンバーも加わります。そして、工事部の協力が必要だと考え、工事の主要メンバーも加えることにしました。
H社長は、言いました。
「怒っていた自分が恥ずかしいです。やっぱり、私なのですね。」
私も答えます。
「怒れるという感情が生まれたら、自分は間違った方向にいっているぞと思って間違いないですよ。」(笑)
まとめ
社長の出す方針と目標。
それに向けて、人材が動き出す。
その人材に引っ張られる形で組織全体が動き出す。
組織全体が、その方針の実現と仕組みの改善のために回り始める。
その渦に巻き込まれる形で、人が育っていくことになる。
これが全体像です。これが、我々がつくるものなのです。
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