可視化して、公開して、シェアすると
ラーメン激戦地・札幌の郊外に、かつて一世を風靡したラーメン店があります。その特徴は、個性的な店主が作り出すバラエティ豊かな品揃え。次から次へと出てくる新作や、色とりどりのメニューはどれを食べても美味しく、他ではお目にかかれない味に客足は絶えることがありませんでした。開店の前から店の前には行列ができ、メディアが特集する人気店ランキングでは常に上位、地元のワイドショーやグルメ番組などでもひんぱんに取り上げられていました。
そんな店の主が病に倒れたのは人気もピークのころだったでしょうか。一度は店に復帰したものの、やがて闘病の甲斐なく他界され、店はご子息へと引き継がれました。父親から受け継いだ膨大なメニューとレシピを、ご子息は必死に守ろうとされたようですが、札幌という激戦地におけるラーメン店の戦いは守勢に入った店が簡単に生き残れるほど甘くはありませんでした。「あそこは味が落ちた」やがてそんな噂も立つようになり、いつしか行列も絶えてゆきました。
志半ばにして他界された人気ラーメン店のオーナーというと、私はいつもこの店のご主人と、東京・東池袋でつけ麺を発明された「大勝軒」の創業者・山岸一雄さんのことを思い出します。大勝軒は言わずと知れた人気店でしたが、その流れをくむ店は今や全国に広がり、オーナー亡き後もその味はしっかりと受け継がれています。
この二つの事例における違いは何だったのでしょうか?
いずれも創業者が考案した独自のメニューが顧客に支持され、圧倒的な人気を誇ったところまでは似ています。明らかに違うのは、大勝軒の山岸さんがその強みを徹底的に公開して、数多くの弟子に惜しげもなく与えたことに対して、札幌のお店はご子息お一人に膨大なメニューとレシピを引き継ぐだけだったこと、だと言えます。
公開して人に教えると、そこから先は味が変わってしまうのでは?とご心配される向きもあったのではないかと思います。そうであってもなくても、数多くの支持者が相変わらず大勝軒のつけ麺を求めて暖簾をくぐる状況は今も変わらず続いています。
ここから先は想像ですが、私は山岸さんの心の中にラーメン文化への絶対の信頼と、まだ見ぬ将来のラーメン店主たちとの勝負を楽しむ気持ちがあったのではないかと思っています。まず、絶対に売れる自分のノウハウをすべて公開し、伝授する。そのうえで工夫できるものならやってみろ、客から支持されればそっちの勝ち、そうでなければ俺の勝ち。どっちに転んでもラーメン文化は栄え、大勝軒の人気と名前は残るはず。
この仕組みには、全国から腕に覚えのあるラーメン店主が大勝軒の門をたたき、その味は全国へと広まってゆきました。
他方で、創業者が突然の病魔に襲われる中、札幌の店のご子息ができたことはお店とメニュー、レシピを受け継ぐことに止まり、偉大な父親へのチャレンジを前面に押し出す展開にはなりませんでした。お店は今でも営業していますが、人気店ランキングでその名前を目にすることはなく、店の前には行列もなく、それと知らない人にとっては、かつては超人気店だったのだと言われないとわからない佇まいです。
大勝軒のように成功要因を可視化して、公開してシェアすることは、世の中のすべての経営者に当てはまる考え方ではないかもしれません。しかし、経営者の寿命もまたいつかは尽きるものだとするならば、その成功要因を可視化し、公開し、シェアすることによって、その足跡が社会に認められることも、人生の到達目標だと言えるのではないでしょうか。
社会をよりよくするために、自社の成功要因を社会全体とシェアしようとする経営者を、当社は全力で応援しています。
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