管理人さんと、悲喜こもごも(その1)
初めての管理人さん
買い取り再販形式でマンションリノベーションを行った際の事です。
そのマンションは築30年を超える物件でした。 物件としては古いのですが、エントランスに入った瞬間に行き届いた雰囲気のある建物でした。 立地がいいこともあり新築分譲時からの居住者が多く、平均年齢は建物とともに高くなっている感じでした。賃貸になっている部屋もありましたが、新築の頃は住んでおられてライフステージの変化とともに別のところに引っ越し、賃貸にしている方々のようでした。
売買代金の決済を終えた後、リノベーション工事の準備をするために毎日のようにその部屋に通いました。 何しろ、初めての事で当時は何をどういう順番でやればいいのか?まるで飲み込めていなかったのです。 そのマンションの管理人の方は女性で、もう長くいらっしゃるご様子でした。管理室あたりでは、いつも出かけたり帰ってこられたりする住民の方と楽しそうに話し込む姿が見えました。
解体工事のご挨拶チラシを作って掲示板に貼ってもらって各部屋の郵便受けにも配布、特に影響の大きそうな部屋には直接ご挨拶にも伺うのですが、なかなかお会いすることはかないません。マンションですから廊下のインターホンを鳴らす人は殆どいないので、出ていただけないのです。エントランスからお呼びしても訪問してくる人は招かざる人も多いせいか、なかなか話をしたりすることができません。
そういった私の無駄足を見ていた管理人さんは、私が出入りする度に立ち話をしている住民の方を1人づつ紹介してくださるのでした。また、新しい住民という感じで紹介してくださるので面食らいましたが、お陰で多くの方々と顔見知りになれて、それはそれは助かりました。工事を行う部屋は買い取りをしていましたので、住民ではありませんが区分所有者(会社)の担当者という事で、単なる工事業者よりもずっと「いい関係」を作ってもらえたと思います。これは本当にありがたい出会いでした。
我が家の玄関
そのマンションの管理組合の理事長も、新築当時からお住まいになっている方でした。元ゼネコンの方で、もうかなり長く理事長をされているご様子でした。これまで幾度も大規模修繕の時期を迎えているので、工事に詳しい理事長は住民からも絶大な信頼を寄せられているようでした。管理人さんに付き添ってもらいご挨拶に伺った際に、理事長は「この建物の事でわからないことはない。なんでも聞きにきなさい」とだけ言って、さっさと奥に戻って行かれました。その後、入れ替わりに奥様が玄関先に出てこられました。
理事長の奥様は生花の先生で、ご自宅で教室も開いておられるとのことでした。そういえば、いつも管理室のカウンターやエレベーターホールに花が生けてあったのでひょっとしてと思い触れてみると、「そう。私が生けてるの。新築で入居した頃からずっと」とおっしゃるのでした。「一銭もお金はもらっていないのよ。マンションだけど、ここはみんなのわが家。エントランスはわが家のお玄関なのよ」とも。
ただならぬオーラのご夫婦にたじたじとなりながらも、取り次いでいただいた管理人さんには感謝の気持ちでいっぱいでした。自分は賃貸でしかマンション住まいをしたことがありませんでした。持ち家の方々にとってエントランスを含めて共用部分は、誰のものでもないような感覚でいました。その日、理事長の奥様の言葉でみんなのもの、みんなの家の一部なのだということに気付かされたのでした。
↑365日、管理室のカウンターには花が生けてありました(スポット照明を当ててあげたい)
↑エレベーターホールにも季節を感じる枝ものが欠かさず(照明がぜんぜん当たっていないのが残念)
音出し工事考
解体工事の後、慣れない私には採寸をしたり詳細の設計検討としたりするのに人一倍時間が必要だったので、リノベーション工事の着手まで期間があいてしまいました。解体してからは共用部分との関連や火災報知器を管理のことなど理事長から様々な技術的レクチャーを受けることができました。通常は古い物件では図面で読み取る他ないことも多く、このようにワンストップで詳しく経緯を聞けることはまずないと思われます。その時はさながら、その建物の現場監督がそこに住んでいるようなものでした。
そういう意味で、最初の物件としてはついてたのだと言えるのですが、その分難題も持ち上がりました。 奥様から「生花の教室の時間帯にはうるさくしないで欲しい」とのお申し出をいただいてしまったのです。
管理人さんの計らいで、もうすっかり住民の方々とは仲良しになっていましたので「仕事が夜勤なので朝早くは静かにしてほしい」とか「水曜日しか休みがないので水曜日は静かにして欲しい」とか既に色々なご要望も抱えてしまっていたのです。
そんなにそれぞれの事情を聞いていたら「いつ工事すんねん!」とも思いましたが、理事長の奥様からのお申し出とあらば、断るわけにも行きません。「どのようなご予定で教室はなさっているのでしょうか?」とお尋ねしてみると既に月間スケジュール一覧が用意されていて、さっと私の前に差し出されました。
結構詰まっています… 「わかりました!調整してみます!」とメモを受け取り、爽やかに引き上げました。 その後、解体してスケルトンになった現場の部屋で何をするでもなく途方に暮れていると、ほどなく理事長がやってこられました。
「すまんな。工程組めないやろ」
生花教室の際の音出し工事のお許しが出るのか、と期待したのですが…
「ま、何とかやってみてくれ」
と言い残して帰っていかれました(涙)
理事長さんも奥様には頭が上がらないのでしょう。
買い取りしたその部屋を、リノベーションしてしばらくモデルルームとして公開する計画でした。 公開が遅れるとなると今度は社長のコワイ顔が浮かびましたが、これはもう仕方がありません。
何とかご意向に沿う形でやってみると、腹を決めました。
↑理事長さん宅の生花教室スケジュール(1月)
↑理事長さん宅の生花教室スケジュール(2月)💦
お掃除考
そのマンションの住民は長年の隣人であり、ベテラン管理人さんの心からの気遣いもあってみんな仲良しでした。春は花見、夏は花火、秋は月見、冬は忘年会と、いつもエントランスの管理室前で待ち合わせてみんなで出かけるのです。私もいちおう所有者として仲間に入れてもらって、一緒に出かけたりもしました。
築30年以上のマンションですから、管理費が嵩んできたところに収入が少なくなった家庭も多くなってくる事情も重なって、何とか管理費を節約しようということも議論されてきたようです。多くのマンションでは管理人さんの常駐する日を少なくしたり時間帯を短くしたりという対応をしているところも多いのですが、ここでは定期的に住民みんなで共用部分の清掃をする事で外注清掃を節約しようとの方針でした。みんなできるだけ管理人さんにはこのマンションにいて欲しいから、自然にそういう流れになったのだそうです。
ある日、その「合同清掃会」があり、私も所有者として参加することにしました。かなりご年配の多いマンションですから、貴重な「若手」としてモテモテであったことは言うまでもありません。それぞれ、バケツと柄付きブラシを持って集まってきました。古いマンションの廊下に多いコンクリートの立ち上げ手すりに吹き付け塗装といった仕上げです。雨水が流れるところに汚れがついてこびり付いて見苦しいものです。
しかし、みんなで取り掛かれば意外と早く片付いてしまうのでした。清掃作業中は日頃静かな各階の廊下は人だらけでワイワイ声が響きわたっていました。マンションでもこういったコミュニティがあるのはいいものだとも思いましたが、立地や規模・時代や居住者特性などの条件に加えて理事長さんや管理人さんの人柄などもあっての事なのでしょう。そういったケースは本当に稀なことだと思います。
↑廊下の腰壁についてる雨垂れの汚れはなかなか頑固なもんです
社長、あなたの会社でこのような物件の工事があった場合、どのように指示されますか?
①「住民の要望はそこそこにして、早く工事を進めてモデルオープンするように!」
②「住民からのクレームは抑えつつ、早く工事を進めてモデルオープンするように!」
③「工期が遅れるのは痛いが、しっかり付き合って可愛がってもらいなさい!」
さあ、いかがでしょうか???
管理人さんと、悲喜こもごも(その2)につづく
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