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届かなかった天下、戦国武将・今川義元に見るリスクマネジメントとは?

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ブランディング営業体制コンサルタント

H&Cブランディングマネジメント株式会社

代表取締役 

中小企業のための、「ブランディング営業体制」を構築するコンサルタント。営業スタッフのみならず、全社をあげて、企業価値をしっかり守り、価格競争をせずに確実に売れていく体制づくりを指導する。

「うちは何の心配事もありませんよ」 

そう笑顔でおっしゃる社長さんが数年後、悲痛な面持ちで会社を畳むことはよくある話。経営は上向きだったにも関わらず、リスクマネジメントは上手くいかなかったようです。調子が良い時こそリスクマネジメントに力を入れるべきなのですが、対策を取っておられる会社はわずかです。 

では、リスクマネジメントは一体何をすべきなのでしょうか。今回は戦国武将の今川義元の生涯から、リスクマネジメントについて考えていきましょう。

 

■織田信長より天下に近かった今川義元

今川義元の名前をご存じの方は多いでしょう。桶狭間の合戦で織田信長に討たれた武将として有名かも知れませんね。この悲劇的な最期により、どうしても時代のあだ花的存在になってしまう今川義元。しかしこの当時、織田信長より天下に近かったのは今川義元だったのです。 

今川家は元々駿河国の守護大名でした。それを義元が領土拡大します。お隣の遠江国も今川家の領土に、近隣の国とは同盟を結びます。今の静岡県全域と山梨県と愛知県の一部が今川家の領土だったのです。同盟国も入れるともっと広くなります。これは当時、最も大きな領土でした。 

義元は戦だけで領土を拡大していません。敵対する国の近隣の国と同盟を結び、睨みを利かせ従属させる方法も取っています。この方法だと余計な軍事費も人件費もいりません。何より領民に被害が出ないのです。リスクの少ないとても良いやり方ですね。 

時代劇や時代小説では、公家かぶれの軟弱な人物として描かれることの多い義元。ですが、彼の生涯を知るにつけ、大変賢い人物だったことがうかがい知れます。 

 

■今川義元は仏教を通じ中央とのパイプを作った

義元の聡明さは、その成育歴にあります。彼は父・今川氏親の五男として誕生したため、4歳で仏門に入れられたのです。当時、跡継ぎにならない男児は義元と同じように仏門に入るか、他家への養子に行くことが一般的でした。 

仏門に入った義元は勉学に励みます。この時に得た知識と教養が、兄たちが相次いで他界し家督を継いだ後に生きてきます。 

戦国時代、天下統一を果たすとは朝廷から任命を受けることを意味します。一番有名なのが、征夷大将軍ではないでしょうか。鎌倉幕府も室町幕府も朝廷から征夷大将軍の命を受けて幕府を開いています。 

実はこれ、現代もさほど変わりがありません。戦国時代なら領土の拡大、現代なら選挙と方法は違いますが、朝廷つまり天皇から役職の任命を受けて任務に就いています。

義元も当然これを知っていますから、朝廷とのパイプを形成します。彼は仏門に入っていた経歴を生かし、京都の僧侶や公家と交流。都の文化に理解を示します。そして、都落ちをする公家の保護も行っていました。 

そして、僧侶や公家との交流を自身の威厳に変えます。例えば時代劇や時代小説で描かれる化粧姿の義元は、実は家の格の高さの現れです。おはぐろ等の公家化粧を許されるのは、守護大名以上の身分の人物だけだったからです。これをしているだけで、当時は一目置かれていました。 

 

■今川義元のリスクマネジメント、最大の失敗は小国軽視

京都の僧侶や公家との交流は、義元のリスクマネジメントの一環です。いくら領土を拡大し力を誇示したとしても、朝廷からNOを突きつけられたら天下統一は果たせません。目標の到達地点から逆算し、広い人脈を形成していたのです。転ばぬ先の杖ですね。 

周辺国との同盟も同じく義元のリスクマネジメントです。同盟だけでなく姻戚関係を結び一族になってしまえば、戦が起きることはほとんどありませんから。自身の正妻にも武田信玄の姉を迎えています。 

このように慎重にリスクマネジメントを行っていた義元は、なぜ桶狭間の合戦で敗れてしまったのでしょうか。それは義元の中にある成功体験が悪い方向にいったと考えられます。 

義元が命を落とした桶狭間は尾張国にあります。この尾張国の領主である織田家と義元は桶狭間の合戦から14年前にも戦い、義元は勝利しました。この成功体験が織田家軽視につながったのでしょう。 

14年前と今では大きく状況が変わってきます。義元と過去に戦った織田信秀は既に他界し、家督は信長が継いでいました。この状況変化を考慮せず、前の戦に勝ったという「思い出」で背後の守りを疎かにしてしまったのが、義元最大の失敗です。 

この義元の失敗、現代でも多くある失敗です。過去の成功体験に捉われ状況分析を怠り、時代についていけずに経営悪化という会社はごまんとあります。 

 

■成功体験はリスクマネジメントに不要なもの

今回は今川義元の生涯からリスクマネジメントについて考えてきました。覚えていていただきたいのは、成功体験はリスクマネジメントに不要ということです。リスクマネジメントという観点からみると、目を曇らせるものにしかなりません。 

成功体験は嬉しい思い出としてアルバムに貼っておき、経営の視点からはその先を見るようにしていきましょう。リスクマネジメントでは、成功の中でどのパーツが外れたら失敗していたか、その失敗を別の方法でカバーするにはどうすれば良いのかを考えていきます。この視点を持つことが会社を守る第一歩なのです。 

しかし、これを一人で行うのは困難でしょう。そんな時は私に声をかけてやってください。あなたの会社のウィークポイントを第三者の目で見させていただきます。改善できる点は改善していき、強固な護りにしていきたいものです。 

 

最後まで読んでいただき有難うございました。

あなたの一日が素晴らしいものでありますように。

 

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