自然資本のバランスシート
先日、緑が分厚い山裾をクルマで走る機会がありました。普段は街路樹やマンションの植え込みなど、都会の喧騒にまみれた人工的な緑しか目にしていないせいか、とても豊かな気分にさせられたものです。
自然資本、という考え方は以前このコラムでも紹介させていただきました。手つかずの自然が社会にどれだけの価値をもたらしているか、という視点が国際社会でも注目されるようになったのはごく最近の事だと思います。
伝統的な考え方に基づけば、開発のためにある程度自然を犠牲にすることは仕方ない話であって、開発によって人間社会が豊かになることでその行為は正当化されてきたわけです。これまでも野放図な開発は批判されてきたわけで、特に日本では昭和の時代に相次いだ公害によって自然資本も大きく毀損されたことから、環境アセスメントに代表される危険予知と対策に関する検討は早くから導入されていました。
しかしながら、環境アセスメントはそのスタート地点が「まず開発ありき」というものであることから、どうしても「ここまで痛めるのは仕方ない」的な結論がはじめから予定されたものになりやすく、自然資本が本来持っていた価値の保全、あるいはその向上というところまで踏み込めたものになっていないのが現状だと思います。
たとえばここ最近、IoTなどを活用したモニタリング技術が飛躍的に向上していることを生かして、自然資本の現況をリアルタイムで評価できるようなシステムが構築できたとすると、そこには何か価値が生まれるのではないか、というのが今回皆さんと共有したい洞察です。具体的には喫緊の課題である気候変動対策が考えられます。
衛星画像を使った解析で、熱帯雨林の減少がモニタリングできるとすると、現地でどのようなことが起きているのかについてはCCDカメラやCO2センサーなどで追跡できるので、とりあえずその情報を集めて、後はAIに解析させるというようなイメージだと思います。そしてその結果を分かりやすく定量的な変数で示せればそれが社会の役に立つのではないか、というところだと思います。
前回お知らせした通り、アマゾンの熱帯雨林は急激な開発の促進によってかつてない危機に見舞われています。同様に、インドシナ半島から南太平洋島嶼部にかけての熱帯雨林も危機に瀕しており、本来地球が持っていたCO2を固定化する能力は減少する一方なのです。排出量の削減は喫緊の課題ですが、同様に吸収量の低下も憂慮されるべき問題だという認識はまだあまり深刻に考えられえていない状況です。
今年8月号の雑誌「選択」によると、イギリスのNPOが試算したところでは今わかっている世界中の石油(=確認埋蔵量)を燃やしたと仮定して出てくるCO2の総量が約2兆8千億トン、ところがいわゆる「2度シナリオ」(産業革命以降の温暖化を2℃以内に収める)を実現するためには、もうあと5千6百億トンしか燃やせない(それ以上燃やすと2℃を超えてしまう)、という指摘があります。この5千6百億トンは、熱帯雨林などによるCO2固定化の能力が減ればそれだけ少なくなってしまう数字なのです。
その減少を食い止めるためにも、自然資本の価値とその増減を定量的・科学的に観察・報告できるようにすべきである、世の中の議論は多分そんな方向に進んでゆくのだろうなと見ています。そのために期待されているのが金融の知見であり、実際に今、国際社会では環境と金融の知見が激しくぶつかり合いながら化学反応を起こしつつある、そんな時代なのです。そう遠くない将来に、2度シナリオを達成するために必要な行動が数値目標とともに語られるようになるのではないでしょうか。
今やその達成が危なくなりつつあることが繰り返し報道される「2度シナリオ」ですが、対策として考えられるものの一つが植林です。ただ、そのスピードは極めてゆっくりしており、石油を燃やしたことによるCO2排出を効果的に吸収できるほどの力はないのですが。
その他、CCSと呼ばれる二酸化炭素回収・貯留システムも有効な対策だと言われていますが、現状ではコスト的な問題が大きいようです。そうなると、どうしても今ある自然資本をどのように保全できるかという取り組みが重要性を帯びてきます。
せめて少しずつでも木を植えて、たとえ高くてもCCS装置を稼働させ、石油や天然ガスの利用を少しでも控えるために。求められるのは、言ってみれば自然資本をも含めた地球環境全体のバランスシートみたいなものなのだろうと思います。まずはそれをしっかりと共有するところから始められるよう、議論を見守りたいと思います。
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