事業の先細りを打破する社長の視点
社会現象や法規制など、何かの要因で需要がいきなり半減するという、企業にとっては非常に恐ろしいことが起こったりします。
たとえば、政府によるクールビズ導入によってネクタイの需要は3分の1まで減少したとか。
かつての日本が誇るガラケーもスマホの登場で一気に市場撤退を余儀なくされました。
最近の例では、海洋汚染対策としてレジ袋規制の本格化やプラスチックストローの使用取りやめが世界規模で起こっています。
ここまで急ではなくとも、広く使われていたものが時代の変化とともに使われなくなる例は数多あります。
ミシン、カメラ、デジカメ、ラジカセ、ステレオ、ブラウン管テレビ、ビデオ、カーナビ…といった電化製品。
また、紙の資料のデジタル化に伴い印刷業界、プリンター、そしてはんこの需要も激減しました。
あと大きいものでは自動車です。世界的にみると台数ベースでの自動車需要は伸びているものの、中国の政策や自動運転との相性の良さからますますEVシフトが進み、ガソリン車の需要が大きく落ち込むことは確実です。
こうして見てみると、どんな需要もいずれはなくなる、あるいはどんな事業もいずれは衰退すると言っても過言ではないということがわかります。
ここで、肝心なことは自社の事業が追い込まれる前、むしろ絶好調なときにこそ、自社の新たな可能性について目を向けるということです。
なぜなら、現在の事業の調子が良ければ、資金的にも時間的にも新しいことを試す余裕をもつことができるからです。新事業や業態転換において「成功率100%」ということはありませんから、この「余裕」がないと自由な発想でチャレンジすることは難しくなります。
「あそびましょ」のコーポレートスローガンで有名な赤城乳業も、定番のガリガリ君ソーダ味が売れているから遊べるのであって、主力商品がじり貧となってからでは遊び心で「ナポリタン味」を出すことは難しいでしょう。
では、自社の事業を刷新したり、新たな領域で強みをつくるためには、どのような考え方を持てばいいか。
ひとつの方法としては、「いまやっていることの抽象度を上げて考える」ということです。
「抽象度を上げる」がイメージしにくければ、「スコープを広げて捉える」と言ってもいいでしょう。
「ドリルを買う人が欲しいのは“穴”である。」との命題で有名なレビット博士が50年以上前に寄稿した「マーケティング・マイオピア(マーケティングの近視眼)」という論文があります。
彼はこの論文で、近視眼からくる企業の失敗例として、かつて栄華を誇った米国の鉄道会社業界が、自らを人や貨物の輸送業者だと定義せず、単に鉄道業者と定義してしまったため、急拡大する旅客や貨物などの市場を取り込めずに衰退した例を挙げています。
自社を「鉄道業者」と考えるのではなく、一段抽象度を上げて「人やモノを運ぶ業者」と定義することで事業オプションは広がっていたはずだということです。
昨今の自動車業界も同じ状況に追い込まれています。「ドライバーの要らないクルマは作らない」と公言していたトヨタもついに方針を変え、「車をつくる会社」から移動に関わるあらゆるサービスを提供する「モビリティ・カンパニー」への転換を図っています。
これは当コラムでも繰り返し指摘していることですが、自社を「ものづくりの会社」と定義し、それを固定点としてしまうと、自分たちの可能性を見落としてしまう可能性があるということです。
日本のものづくりの頂点ともいえるトヨタでさえ、製造業からサービス業への転換を宣言しています。自社の事業ドメインを固定化しては苦しくなります。自分たちをメーカーとしての「ドリル屋」ではなく、サービス業としての「穴屋」と定義することで、自社が提供できる価値の可能性は大きく広がっていくのです。
当社のクライアント企業においても、
- 英会話を教えるのではなく、欧米エリートと対等にわたり合える知的武器と人間力を授ける英語教室
- 歯をつくるだけではなく、歯科医院スタッフへの教育を通して患者のデンタルIQ向上に取り組む歯科技工所
- 冶具や自動化ラインの設計・製造を通して顧客の生産性を向上させる設計製造会社
など、世間一般の「何屋」の定義を超えたサービスを提供して顧客に選ばれている会社が増えています。
もちろん、自社が現在やっていることにこだわりを持ち、それを突き詰めていくことは大切です。あれもこれもと中途半端に手を出したのでは結局どれもうまくいきません。
そうではなく、「自分たちのできること」、「やるべきこと」を抽象度を上げて考え、そこにとことんこだわっていけば、そこから導出される個々の事業がどれも本業となり、力を入れて取り組めるはずです。
やっている事業が複数あって、もはや何屋と呼んでいいのかわからない。しかもどの事業も強い。そしてその複数事業はそれぞれ独立しているようでコアな部分では一本筋が通っている。
例えるならば京セラのような企業形態。
そんな、「何屋かわからないが、地に足のついた企業の在り方」こそが、変化が激しく多様化がすすんだ今の時代を生き抜く鍵です。
「本業」の枠に安住せず、自社の「何屋」の定義を自分たちで壊していきましょう。
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