本業の嘘。
「本業」思考の危険
洋服屋が宇宙事業に関わったり、小売業がスポーツビジネスをスタートさせたり、ロケットを作る会社が農業ビジネスに参入したり、企画会社が手帖メーカーとしてヒットを飛ばしたり、今「本業」からはみ出した事業で、大きくビジネスを飛躍させている企業があります。一方、まだまだ「本業と副業」という二元的な考え方が根強く、新しいチャレンジに対して否定的な反応もあります。
商品リニューアル戦略の仕組みを回しているクライアント企業の中には、事業をリニューアルすることで新しい方向性を拓く事例があります。が、スタート時には経営者仲間から「本業から外れている。何をやっている会社なのかわからない」とか「もっと事業を絞り込んだ方が良い」といったアドバイスを頂戴することもあります。士業の先生や経営コンサルタントによっては、本業ビジネスを粛々と実践していくことが中小企業においては一番大事。「ターゲット顧客をもっともっと絞り込む」と同じレベルで「事業は徹底的に絞り込め」という指導が入ったりします。
そもそも「本業」とは、英語で「Core business/コアビジネス」です。ビジネスにおける「核」とは理念であったり事業コンセプトです。例えば「人をたのしませる会社」という「核」があるならば、それは洋服屋であろうと、宇宙ツアーの企画、手帖づくりに挑戦するのもアリ、ビジネスの発想が自由に拡がってゆきます。社内に仕組みがなければ、協力してくれる会社と協業しプロジェクトの「核」として動けば実現可能ではないでしょうか。
問われるのは「核」となる考え方です。考え方(本質)を基軸にしたアクション(業)こそが本業、そう事業に対する考え方を再定義することで、自社ビジネスは核からブレることなく事業ステージを広げることができるのです。
健康な状態の人の脳波や心拍の変動には、小さな「ゆらぎ」があるそうです。このゆらぎは、自然界にもあり、例えばそよぐ風や木漏れ日、星の瞬き、鳥たちの声など、ひとのゆらぎととても近いそうです。人が亡くなる直前の心拍はメトロノームのように規則正しく、ゆらがないことがわかっています。まさにゆらぐことが「生きている証拠」なのです。
企業活動も同じです。わたくしたち生活者は「ゆらぎ」という変化を求めいます。企業活動に変化を感じた瞬間、無意識のうちに、その企業の躍動や生命を感じ取ります。「この会社、元気がいいな。元気もらうな」とか「いつも感じかいいな、がんばっているな」というようなさりげない感覚です。
商品リニューアルとは企業のメトロノーム化に対する変化対応であり「変化創造戦略」です。変化を創る、変化を仕掛ける戦略は、商品サービスを通して企業が「生きている!」ことをコミットすることです。今年と同じテンポで、または何十年も続いている規則的な動きで来年の経営戦略を策定するならば、お客様は無意識にその企業に対して「死」を感じるのではないでしょうか。
では、既存商品サービスの「名前」や「カタチ」を変えてリニューアルすればOK?なのでしょうか。答えはNOです。宇宙のなかで目に見えるものはたった4%と言われています。目に見える商品サービスに変化をつけることが商品リニューアル戦略の本質ではない、ということを意味しています。正体不明の96%、目に見えない部分の変化を創ってゆくことが大事なのです。
顧客は「ものがたり」を買う
最近、SNS広告から美白化粧品のトライアルキットを購入しました。「シミを消したい」という一心で、偶然目にした富士フィルム株式会社の美白基礎化粧品「アスタリフト」。広告をクリックしました。購入方法が手軽、かつ継続購入しなくても良い点も気に入り、すぐにトライアルキット(5日間分・1,080円税込)をスマートフォン端末から注文しました。
富士フィルム株式会社の美白化粧品「アスタリフト」は有名な商品です。写真フィルムのトップメーカーの「異業種参入によるV字回復」といった切り口でマスコミでも大きく取り上げられています。富士フィルムが化粧品事業をスタートさせたのが今から12年前の2006年です。当時、松田聖子さんと中島みゆきさんという二大スターをイメージキャラクターに起用し話題となりました。粛々と事業を伸ばし干支がひと回り、最近では宣伝広告に高畑光希さんを起用するなど若年層をターゲットにし、マーケットを拡大しています。
しかし12年前、消費者や業界は冷ややかでした。
「なぜ写真フィルムメーカーが?」「本業をしっかりやれ」とか「フィルム会社の化粧品?ケミカルで嫌な感じ・・・」というのが率直なところ。広告業界で話題でしたが、一般的には「フィルム会社の化粧品」という“副業”に違和感。が、さすが大手企業のビジネスです。イメージ戦略は成功しフィルムメーカーとしてのアイデンティティを逆手にとっての12年、ブランドを構築、SNS等を活用してわたくしのような新規客獲得に成功しています。
昨日、届いたキットを開封しました。
注目は「ブランドブック」という販促ツールです。24ページの冊子で、前半は商品解説とヒストリーになっています。そして後半の17ページから、富士フィルムメーカーの化粧品事業「参入秘話」が展開されています。参入秘話は5部構成になっており、以下のようなキャッチフレーズで展開されています。
・「なぜ富士フィルムが化粧品?」
・「肌と写真フィルムには共通点があった!」
・「富士フィルム4つのテクノロジー」
・「受賞歴」
・「ご愛用者様の声」
富士フィルムが目指すのは「総合ヘルスケアカンパニー」とコミットしています。フィルムメーカーとしての土台があって、その間に「X画像診断」や「内視鏡事業」を発展。さらにそこからエイジングケア基礎化粧品「アスタリフト」が生まれ、再生医療事業へと事業を拡大している、としています。
そして「写真フィルム」80年の研究から応用された商品がアスタリフトだということで、商品が生まれた背景には、
「角層と写真フィルムは同じ薄さ」
「肌と写真フィルムの主成分はコラーゲン」
「写真の酸化と肌の酸化が同じ仕組み」
等々、これらのストーリーは、わたくしが切に求めている効果効能になんの意味もないことです。
しかし不思議なことに、このなんの意味もないエピソードを、紙面をかけて言葉と写真と図解で伝える富士フィルムの熱量に心動かされるのです。お金をかけてきちんとブランドブックを制作、数ページをかけた「参入秘話」。読み終わって背表紙を見るとホワイトスペースの真ん中に「FUJIFILM」のロゴマークがひとつ。だれもが認知している黒と赤の「FUJIFILM」マークです。ん? 違和感・・・。このロゴマーク、女性が使う基礎化粧品にはフイットしないものです。本来であれば基礎化粧品ラインにふさわしいやわらかい女性的なロゴマークを入れたいところです。が、敢えてフィルムメーカーとしての「FUJIFILM」マークが入っている。
このマークをしげしげと眺めているうちに正体不明の「声」が聞こえてきました。ロゴマークが語りかけきます。“この商品は80年のフィルムメーカーとしてのプライドをかけた商品なんです。美しい方はより美しく、というというフィルムメーカーとしての本業が創らせたそんな商品なんです・・・”と。
このブランドブックを静かに閉じてみました。この商品を使うことで、広告のように松田聖子さんや松たか子さん、高畑充希さんのようになれるわけがない。「けれど・・・なれるかもしれない・・・」。根拠はない。そして、わたくしの想像には何の意味もない。けれど、アスタリフトを使用した未来を想像して楽しんでいます。夢を描いてワクワクしています。もちろんエイジングは自然の営みであり、だれにも止めることなどできるわけない。そんな現実はわかった上で、希望とか「夢」に向かう楽しいプロセスを買ったのです。効果効能としての必需品としてではなく、夢を買っているのです。
暮らしの中をぐるり見渡してみます。
朝のドリップタイム。わたしたちはコーヒーを飲んでいるのではない。コーヒーを淹れながらアロマを飲んでいるのです。チョコレートを摂取するのではない。舌の上でゆっくりと温めながらカカオの香りを舌触りを食しているのです。焼肉をしたいからホットプレートを買うんじゃない。好きな人と触れ合いたくて距離を縮めるたくてテーブルにホットプレートを置くのです。
商品リニューアルという魔法をかけることで、既存商品やサービスをお客様にとって「心の宝石」に変える。それが商品リニューアル戦略の真髄です。富士フィルムのような大企業であれば、有名タレントを起用してお客様が勝手にイメージを膨らませてくれ、簡単に魔法がかかるかもしれない。テレビやネットなどの媒体を通して、想像の翼をひろげ宝石に変わるかもしれない。しかし、わたくしたち中小企業は、それを自社でやらなければならないのです。聖子ちゃんも高畑充希も手伝ってはくれません。自分たちでお客様の想像力を刺激する「ものがたり」を創り、仕掛けてゆかなければなりません。
顧客は一度きりの人生において、ご自身のものがたりを作って生きています。生きている限り「ゆらぎ」を求め、自由に想像し夢を描くことを望んでいます。
メトロノームのごとく従来の「本業」という言葉を安全地帯にしてはいないでしょうか。お客様の想像力は、もっと自由でもっとゆらいでいて、やわらかいです。御社が「これがコアです」とお客様に堂々とコミットした時から、それが本質的な業、真の本業です。ゆらぎ、という変化、すなわち商品リニューアルを仕掛け、新しい事業ステージへ大きく飛躍してゆきましょう。お客様が毎日生まれ変わっているように、御社も数千億の細胞をリニューアルしながら新しく生まれ変わることができるのです。
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