リニューアルにはまったく何の意味もない。と同時に深い意味に満ちている。
先週末、クライアント企業のイベントプロデュースで京都に滞在していました。祇園祭と重なり、観光客や訪日客でごった返す中、つつがなくイベントを終え、社長といっしょに京都の人気店廻りをしました。
同行しながら、社長は「それにしても、うちも消費財メーカーですから自戒をこめて言うんですが、商品だらけで、みんな同じに見えますよ。文言とかパッケージ、店づくり、店員さんの印象、制服、セールストーク…、どれをとっても“どこかで見聞きした”ものです。学ぶべきところは、ある。しかし、欲しくなるまでには至らないです」と。そう個人的感想を述べた上で、社長は「こんな中で、他社を圧倒するような商品リニューアルができるのか?そんなことがそもそもできるのか」と率直に疑問をぶつけてこられます。「ネタは尽きているのではないか」と。そこで、わたくしは、社長をある洋菓子店へお連れしました・・・
閑話休題、ここで、ひとつだけ「クイズ」にお付き合いください。
下のスケッチですが、この絵はいったい何を示していると思いますか?わたくしが描き写したものですので、クオリティはお許しいただくとして、このスケッチはあることを表現した「チャート図」になっています。
チャート(chart)の語源は「Card」と同じくパピルス紙を意味するラテン語のChartaから由来しているそうです。広辞苑では「海図。地図。天気図」そして「図表」と説明しています。ある情報の視覚的表示を意味します。では、これは何の情報を視覚的に表現したのでしょう? いろいろ想像してみてください。
正解は、チョコレート商品の「口どけのチャート図」です。
このチャート図は、京都・北山のマールブランシュがプロデュースするチョコレート専門店「加加阿(かかお)365」の商品全75アイテム、ひとつひとつに表記された「口どけ」情報を表現したチャートです。上の黄色いチョコレートは商品名「蹴上(けあげ)」で夏限定商品です。では、チャート図を左から右への流れにしたがって「文章」に翻訳してみましょう。
このチョコレート、
口に含んだ時のファーストインプレッションは「パリッ」という食感。そして、舌にのせたとき「トロッ」とほどけ、その瞬間に「レモンの酸味」が弾けます。やがて、舌から鼻に広がる「はちみつの甘み」、「パチパチ感」がスパーク。ほどなく、「ホワイトチョコ」がゆっくりとひろがってはちみつの甘みと「乳味」が一体となって、溶け合って。引きは「キレよく」、口から鼻にぬけていく「はちみつの余韻」、そのハーモニーに満たされて・・・
いかがでしょうか。古崎訳ですので、メーカーの本意とは異なるかもしれませんが、ホワイトチョコとはちみつレモンの弾けるチョコレート商品の、食感、香り、味わい、余韻を隈なく言葉にすれば最低でも200字以上になります。
200字以上の情報を図式化したことで、まず読む手間が省けます。そして、不思議なことですが、しばらくチャート図を見つめてみると、表現された図を追いかけながら「食べてみたい!」という気持ちがムクムクと高まってくるはずです。絵には不思議な呪術的な力があるものです。一見拙いチャートなのですが、非常に独創的で原始的な印象です。
冒頭の社長ですが、お店にお連れして、このチャートを教えて差し上げました。社長は静かに「ああ・・・」と深く頷いておられました。そして「まだまだ、打つ手があるね」と理解されていました。
このチャート図の開発こそ、商品リニューアルそのものです。例えば、芸術の世界で、絵画の言葉が「色」と「線」、音楽の言葉が「音」であるように、商品世界にも言葉があります。それは「コピーライティング」そのものですし、「写真」や「断面図などのイラスト」でもあります。
これは想像ですが、おそらく開発した社内において、このチャート図を本気で「イケる!」と思った人はいないのではないかと想像します。プロ意識の高いショコラティエは、味覚に対する言語化、見える化には懐疑的だったりします。基本的には「食べてみたらわかる」という絶対的なプライドを持っているものです。それ以上に、ある程度の組織であれば、新しいことに対しては保守的です。おそらく、この図に対して「意味がない」とか「無駄だ」とか「バカバカしい」といったネガティブな空気感に包まれるものです。
冷静に考えてみれば、このチャートで表現される口どけ情報の「エビデンス」はどこにあるのでしょうか。味覚は一人一人異なり、非常にデリケートで個人的なものです。チャート化により、「食べてみたら、全然違う!!」とクレームの嵐につながることも想定しなければなりません。考えれば考えるほど、このようなチャートに何の意味があるのか、、、どこに価値があるのでしょうか。今までのように写真と断面図とコピーで充分じゃないか。チャートに何の意味もない。そして、何の価値もないよ、いうことで、企画があがった時点でボツかもしれません。
このチャート図から学ぶべきエッセンスは、商品の「新しい言葉」を独創した点です。商品はそのままに、商品の言葉をリニューアルしました。そして、チャート図という新しい言葉で、商品世界観を顧客に投げかけ、そしてコミュニケーションを図ろうとしています。この新しい価値が尊いのです。商品リニューアルによりお客様に「新しい喜び」を創造しているのです。
モノあまりの時代、顧客には「猛烈にチョコレートを食べたい」という欲求はなかったはずです。そして、「チャート図があったらいい、ぜひチャート図が欲しい、チョコのチャート図を見たい、そしてチョコを買いたい!」というニーズは皆無だったはずです。
ところが、はじめて見る、新しい言葉、、、差し出されたチャート図を目にした時、お客様は目を輝かせて「何なのだろうこの図は・・・気になるな」と。まず違和感を感じたはずです。つぎに不思議感とワクワク感。そして、商品への興味が芽生えたのではないでしょうか。なんだかわからないけど「おもしろいな」という気持ちからチョコレートの口どけを想像し「食べてみたいな」となって商品検索へ・・・そんな導線を新たに創っているかもしれません。
では、このチャートが商品の本質的価値を表現しているか。何も表現していないかもしれません。そして、売上増には大きくは役に立っていないかもしれません。商品においては必需品ではないかもしれません。ただ「遊び心」が刺激される、というだけかもしれません。しかし、この、一見笑ってしまうような、細かくて自社満足的な、(バカバカしい)狂気のお絵かき、を本気でやっているところに、他社がまねできない「圧倒的価値」があります。
このリニューアルにはまったく何の意味もありません。ですが、同時に深い意味に満ちています。このチャート図はかけがえのない価値です。そして同時に何の価値もありません。何の価値もないからこそ、軽やかにふわっとやってみる。テストすることができるのです。
つまるところ、この両極端の考え方を行ったり来たりするところに、新しい世界があるのです。相反するふたつのコンセプト、逆説を持ち合わせながら、トライできる「遊び」。遊びとは、ゆとりであり、思考の余白、とも言い換えられます。この思考の余白こそが、「欲しいものがない」と言わしめてしまう手詰まり感を打破するヒント。非常に重要な、商品リニューアルにおける根底技術なのです。
「まったく役に立たないからこそ、価値がある」。そこにイノベーションがあるのです。新しい時代、勝ち続けるために必要なものは思考の余白であり「遊び」にほかなりません。
社長ご自身の思考に「遊び」をもたせることができていますでしょうか?
逆説をつなぐ「心の余白」、そのスペースを広げることができてますでしょうか?
そして、生まれたアイデアをカタチにし実装する仕組みがありますでしょうか?
心ときめく商品リニューアルを実践していきましょう!
そして、創造性を高める経営へ、一歩踏み出しましょう!
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