No.060 経営者は意思決定の目的を誤ってはならない
「意思決定は目的達成のために行わなければならない」と申し上げると、大方の経営者の方は、「バカなことを言うな。当たり前だろう」とおっしゃいます。
しかしそうでしょうか。経営者は皆さん理解されているのでしょうか。
昨年、いろいろな超一流企業でデータ偽装や無資格者による検査などが行われていたことが発覚しました。
一部はその時の経営トップが認識していなかったようですが、大部分はトップも認識していたうえで行われたものでした。
理由はいろいろとあるようですが、結局目先の利益を優先した結果です。
しかし、結局データ偽装や無資格検査が発覚し、それらの企業は手痛い打撃を被っています。
彼らが失った利益、契約解消や出荷停止に伴う経済的損失はともかく、長年築いてきた信頼を失った打撃、社員が失った誇りなどを考慮すると、その損失は天文学的なものになるでしょう。
一社の損害にとどまらず、メイド・イン・ジャパンの看板に傷をつけたことは許しがたいことです。
これらの不祥事がなぜ生起したのでしょうか。
意思決定の目的を誤ったからに他なりません。
例えば、実名を挙げますが、データの改ざんを行っていた三菱マテリアルという会社のそもそもの目的は企業理念に書かれています。
彼らが掲げたビジョンは「ユニークな技術により、人と社会と地球のために新たなマテリアルを創造し、循環型社会に貢献するリーディングカンパニー」たることを目指し、そのために「私たちは、法令を遵守し、社会的良識に従って、公正で誠実な企業活動を行います。」と述べているのです。
納期を守るためにデータを偽装して仕様書に合致しない素材を提供することが彼らの目的にかなうはずはないのです。
燃費データを偽装していたことが発覚した三菱自動車が掲げていた理念は、「大切なお客様と社会のため、走る歓びと確かな安心を、こだわりをもって、提供し続けます。」というものでした。
こだわりをもって提供したのが、燃費を偽装した自動車だったということです。
つまり、データを偽装してでも納期に間に合わせることや、排ガス規制の基準をクリアして優遇税制度の恩恵に与るということが彼らの目的に合致するはずはないのです。
これは、本来の目的を体面を保つために理念として掲げてはいるものの、実態としては目先の利益を追求したということであり、社会を欺いたことは許しがたいことではありますが、営利企業においてはありがちなことかもしれません。
しかし、もっと始末の悪いこともあります。
目的そのものを理解せずに大きな事業に取り組んでしまうということが起こるのです。
さらには意思決定論を専門とする学者ですら、そのことが理解できない場合があります。
私はかつて当コラムにおいて、「真珠湾奇襲攻撃は失敗した作戦である。」と述べたことがあります。詳しくは「No.028『失敗の本質』の失敗の本質」をご覧ください。
太平洋戦争開戦に際し、真珠湾の米海軍を奇襲攻撃してその主力艦隊を撃破することにより、米国の戦意を奪おうとする目的でしたが、結果は米国民を激昂させ、“Remember Pearl Harbor”の合言葉の元に対日戦の戦意をいやがうえにも燃え上がらせたのです。
作戦はその目的を達して初めて成功であり、逆の結果をもたらした場合には失敗と言わざるを得ません。
にもかかわらずこの作戦を成功と評価しているのが『失敗の本質』という有名な本です。
この単純なことがこの本の著者たちである意思決定論の専門家にすら理解できないらしいので、多くの経営者が誤ってしまうのも無理もないのです。
組織が目的を誤ると、必ずと言っていいほど、その行動は失敗に終わります。短期的には成功しているかのように見えますが、長期に渡り反映し続けることはできません。それは歴史が証明しています。
なぜなら、目的に合致していない行動や計画は統一されておらず、全体を眺めると必ずどこかで齟齬をきたしているからです。
最初から最後まで、トップからボトムに至るまで、終始一貫した行動を取るためには、全ての行動が目的の達成を目指して整合性が取られていなければなりません。
目的を誤るとその整合性が失われ、企業行動がチグハグになるのです。
それが露見したのが昨年社会を騒がせたデータ偽装や無資格検査などです。
私たちビジネスの世界に生きる者は、その目的を見失ってはなりません。すべての行動、計画が私たちの掲げた目的に整合していなければならないのです。
それは理念として掲げられるべきです。
理念は、清く正しく美しいものである必要はありません。
本音が語られなければならないのです。
私たちのビジネスの本当の目的が書き込まれていなければなりません。
美辞麗句に飾られた理念は虚しいだけであり、その虚しさはすぐに見抜かれてしまいます。
掲げた理念とその行動が一致している時、そのビジネスは社会から信頼され、敬意をもって迎えられます。
その信頼、敬意は一度失うと取り戻すことはほとんど不可能です。
三菱自動車や日産、三菱マテリアルが失ったものは、多分、取り戻すのに二桁の年数が必要でしょう。あるいは全社員の死に物狂いの闘いが必要となるはずです。
「意思決定は目的達成のために行わなければならない」という冒頭の句が、それほど単純でも簡単でもないことをご理解頂ければ本稿の目的は達したものと思います。
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