「つくらない」ブランド戦略のポイント
「先日、商工会からの紹介で来てくれたアドバイザーからこんなこと言われて・・・」とA氏。A氏は25年近く地場産業を活かした洋服作りをされ、今春、女性服の新しいブランドを起ち上げられました。ネット通販をメインに、販売スケジュールを組んだ展示会も自主開催。ネットとリアルの両方で積極的に販売活動をされています。アドバイザーから「もっとターゲットを絞り込んだ方がよい」ということで、販促ツールやホームページのコピーライティングの見直しを提案されたそうです。
A氏がブランドを起ち上げたそもそものきっかけは知人の闘病です。病いから快復され、退院したものの着てみたい服がない。そこでA氏は自身の技術を生かしてオーダーメイドの洋服を作ってプレゼント。その時の知人の笑顔が忘れられず、数年を経て、新しいブラントを起ちあげました。アドバイザーは「病気をされた人向け、または〇〇患者様向け、という風にターゲット層を絞り込んだ方がいいですよ。キャッチコピーにもそうした言葉を盛り込んで、強くアピールした方がより伝わる」と進言。
これに対し、A氏はマーケティングの本で「ターゲットを絞ること」と確かに書いてあった、と思い出し、一度は納得。しかし、何となく腑に落ちずモヤモヤし「ほんとうに、そうなんでしょうか・・・」ということで、わたくしどもに相談にいらっしゃいました。
一般的には、中小企業や個人事業の場合「ターゲットを絞り込むほど成功確率が高くなる」と言われています。確かに業種業態によってはそうした手法がピタッとはまる事例もあります。正解はありません。そうした考え方も有るんだ、と知っておくことは大切なことです。
売り先を絞ることの必然的背景もしっかりと踏まえた上で、わたくしどもの商品リニューアルの視点において自社ブランドを再定義する時、ターゲットを考える前に深く掘り下げるようお願いしていることがあります。それは、自社の「核(コア)」、展開するブランドのコアは何かということです。「核」とは「自社の得意とするところ、強み、魅力」という言葉で表現されます。どういう技術に長けているのか。何が強いのか。長所は何か。A氏の独自性は何なのかを明らかにしていくことです。
この時、重要な視点は「お客様にいつも喜ばれていることは何か」です。クレームがあるとすればどんなことなのか、という反対の視点も必要です。喜びの声とクレームは表裏一体。ファンの声と同時に離れていってしまったお客様からの忌憚ない意見などを収集します。自社の軌跡、実績も含めて自社ビジネスの「核」をていねいに洗い出すことです。そのリストをジッと見つめてゆけば、なんとなく、自社ブランドの独自性が際立ってくるはずです。これが「ブランド」の再定義の第一歩であり、ブランドをリニューアルする最も大事な起点となります。
こうして俯瞰してみえてきた核、コアこそがブランドそのものであり、他の会社と自社を区別するための「しるし」です。広辞苑(第6版)によれば「ブランド/brand/(焼印の意)商標、銘柄、特に名の通った銘柄」とあり、語源が「焼印(burned)」からきていることを示唆しています。焼印の歴史を遡れば、北欧で放牧の時代に他の牛飼いが飼っている牛と区別するために、自分の牛の尻に焼きごてを当てて印を付けたことが背景にあるそうです。
ブランドとは、自社と他社を区別するための「印」。その印を上手にわかりやすく伝えることで、お客様から「他とは違うよね」「ここの魅力はこれだよね」と言ってもらえたり、お客様が静かに心の中で感じファンなってくれる、誰かにシェアしたり口コミしてくれるのです。
冒頭のA氏に戻ります。A氏の新しいブランドは罹患した人向けに作った一着が着想のスタートです。深掘りしていけば、その背景には地場産業に支えられてきた伝統があります。A氏の作る洋服は、軽やかな素材感と繊細な色づかい、光を取り込む工夫で人の表情を明るく柔らかくするものです。伝統技法に支えられたクオリティとトレンドを取り入れた革新、独自の感性の結晶です。この仕立てのデザイン性に根強いファン層がついていることがわかりました。
例えば、病の代表であるガンは今や「ふたりに一人の罹患率」と言われています。50%の確率で闘病されている人がいると考えられます。潜在的にご自身が闘病していたり、家族にそうした方がいたり、ふだんの暮らしの中にそうした方々がいて出会う可能性はとても高いと捉えることができます。また、たとえ病を患っているとしても、わざわざ表立って言ったりはしません。むしろ隠すものではないでしょうか。
また、病気になれば、そうした情報から無意識に遠ざかりたい、という心理が働く場合もあるでしょう。病に関する映像、音、言葉に敏感になり「忘れたい」「聞きたくない」「知りたくない」、病とは関係のない世界が欲しいのではないか。そう考えてゆくと「入口」をどう設定したら良いのか、検討する必要があります。「〇〇病のための・・・」という言葉に、生活者として自身が共感できるかどうかを点検する必要があります。
A氏の場合には、デザインに一目惚れしたシニアのお客様がいる、ということがわかっています。以上のような「核」の洗い出し作業で、A氏は「ターゲットの絞り込みはもったいない。かえってお客様との出会いを喪失してしまう」と気づかれ、すっきりとした表情でお帰りになりました。
ご存知の通り、ネットとリアルの両輪でお客様とコミュニケーションを深めてゆく時代です。企業としての「しるし」が一貫していることや、明確に打ち出されていくこと、上手に伝えてゆくことが求められています。しかも高い精度で整備していかなくてはなりません。そのような背景があり「ブランドマーケティング」といったような造語が目につく昨今です。
大切なことは手法ではありません。自社の核は、ブランドのコアは何か。核をどう具体化し「しるし」としてお客様に届けるのか。わたくしども商品リニューアルコンサルティングの使命は事業を動かしていくことにあります。なぜそう考えるのか?という問いかけを基本に、ブランドの世界観を立ち上げるための、本質的な思考エンジンをクライアント企業と共に再構築していくことに注力しています。
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