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専門コラム「指揮官の決断」 No.051 アウトドアの勧め その2

SPECIAL

クライシスマネジメント(想定外の危機への対応)コンサルタント

株式会社イージスクライシスマネジメント

代表取締役 

経営陣、指導者向けに、クライシスマネジメント(想定外の危機への対応)を指導する専門家。海上自衛隊において防衛政策の立案や司令部幕僚、部隊指揮官として部隊運用の実務に携わる。2011年海将補で退職。直後より、海上自衛隊が持つ「図上演習」などのノウハウの指導依頼を受け、民間企業における危機管理手法の研究に着手、イージスクライシスマネジメントシステムの体系化を行い、多くの企業に指導、提供している。

前回、アウトドアレジャーについての記事を掲載しました。そこでお薦めする理由として二つの理由を挙げました。
 一つは、危機管理の専門コラムとして当然のことながら、アウトドアレジャーの様々な局面でサバイバル技術の基本が学べるからです。ロープを結んだり、火を起こして煮炊きすることなどは、サバイバルの基本中の基本と言えるでしょう。
 もう一つの理由に私は、いろいろな気付きがあることを挙げています。
 これはどういうことかという声がありましたので、今回はこれをテーマとして参ります。

私は登山の経験がないので山のことはよくわからないのですが、海に出るといろいろな体験をします。

大きな船での航海中は、他にもいろいろな人たちが一緒にいるので物思いにふけっていることがなかなかできないのですが、小さなヨットで数人で、あるいは一人で海に出ていると、出港直後はやることが多くて結構忙しいのですが、巡航になると天候が急変したりしない限りはゆっくりすることもできます。

コーヒーカップを手に、コックピットでコンパスと周囲を眺めるだけの時間を過ごしていると、森羅万象に思いを馳せることになります。

それだけはなく、感覚が鋭敏になっていくのが分かります。

海の上で鋭敏になっていく感覚は人によって異なるようですが、私の場合は嗅覚がまず敏感になります。潮風の中に、かすかにいろいろな匂いが混じっているのがだんだんわかるようになります。ちょど、ソムリエの方々が、口に含ませた少しのワインから様々な情報を引き出すように、私たちも風の香りから様々な情報を引き出すことができるようになります。

例えば漁港や岸壁に行くとよく香っている磯の匂いですが、これは海藻やプランクトンに含まれる硫黄化合物の匂いなのですが、都会の方は、この匂いを嗅ぐと「海だ!」と騒ぎになります。

一方、私たちにとっては、これが陸の匂いなので要注意なのです。
 つまり、濃霧や大しけで回りが全く見えないとき、この匂いがしてきた場合には、風上に陸地があることになりますので、大急ぎで離れなければ座礁してしまうのです。
 ところが、風下に陸地があってそちらに流されているような場合、匂いはしないのですが、感覚が鋭敏になっていると、潮騒が聞こえたり、あるいは妙に生暖かったりして、陸地の存在が分かることがあります。

大昔の人々は、現代の私たちに比べると、おそろしく感覚が鋭かったに違いありません。そうでなければ大自然の中で生き残ることができなかったでしょう。
 私たちも自然の中にしばらくいると、その眠っていた太古の感覚が目覚めるのかもしれません。
 この感覚を鋭敏にしておくことは、危機管理のためにも重要なことです。

私はクライシスマネジメントにおける論理的意思決定過程を標準化することの重要性を主張していますが、しかし、直感による意思決定を否定しているわけではありません。
 むしろ、その直感を磨く必要があると考えています。
 論理的な意思決定過程を標準化しておき、無意識にその過程を辿ることが出来るようになると、意思決定を軽快に行うことが出来るようになり、直感を働かせる余地が出てくるのです。
 危急存亡時のトップには悪魔のような直感が必要なのです。
 そのためにはあらゆる感覚を鋭敏にしておくことが重要です。

東北地方で勤務していた時、不思議な体験をしたことがあります。

単身赴任だったので、土日は仲間とキャンプに行ったり釣りに行ったり、スキーに行ったりしていました。職業柄休みの日と言えども、勤務地から2時間以上離れることはできなかったのですが、それでも自然の豊かな北東北では2時間以内のところで楽しめるアウトドアレジャーには事欠きませんでした。

通常のキャンプなどは相当の人数で出かけてワイワイやるのですが、渓流釣りは一人で行くことがよくありました。

近くの渓流に行くときは日帰りなのですが、遠くの渓流に行くときには現地の川の傍に泊まることがありました。山の中に入り込んで、釣れそうな渓流を探しながら動いていくので、せっかくいいところを見つけたら、次の日の朝も釣りたいからです。
 夕方、イワナなどを釣り、その場で火を起こして塩焼きにして食べ、翌早朝からの釣りに備えて早めに寝てしまうのです。

北東北の夏は、クマが出ることがよくあるので、イワナを焼いて食べる場所は川の反対側に設定し、寝るときは川を渡って戻ってきます。匂いを消すためです。

条件がいい場所の場合は小さなテントを張りますが、面倒な場合は車内で寝ていました。ワンボックスカーだったので、シートをフルフラットにすれば仮眠程度はできました。体のあちらこちらが痛くはなりますが、どうせ次の日は麓に下りて温泉に入って帰るので我慢です。

夜、東北の山の中で一人でテントに入って、フラスコからジンやラムなどを流し込みながら、懐中電灯で本などを読んでいると、やはり感覚が鋭くなってきます。

真夜中、ふと目を覚ますと、テントの周りを何かが動いているのが分かります。最初のうちは何なのか分からなかったのですが、何回か繰り返しているうちに、何となく分かるようになってきました。

目をつぶって、テントの薄い布一枚ごし、何が動いているのかを感じようとすると、段々自分なりに見当がついてくるような気がします。

最初に分かるのは鳥です。鳥は夜目が利かないのかと思ったらとんでもない。夜でも活発に動き回ることがわかりました。

次に分かるようになったのが、獣でした。キツネやサルが動き回っているのを確信し、そっと覗いてみると、案の定、私が魚を焼いたあたりを嗅ぎまわっているのを見ることができました。

ある時は、明らかに動物なのに、いつもと違う感覚だったので、見当をつけるのに相当時間がかかりましたが、ヘビではないかと思い付き、外に出てみるとやはりマムシでした。

このような感覚は、街にいて、あるいは建物の中にいるとまず研ぎ澄まされることのないものでしょう。

しかし、人間が本来持っているこのような太古からの感覚は、折に触れて磨いていた方がいいものだと思います。
 迫りくる南海トラフに起因する大規模災害やその他の自然災害などで、ライフラインが絶たれたり、住む場所を失った時に役に立つのはそのような感覚のはずです。

このような感覚がどこからきて、どのように磨かれるのかを解明するのは、どの分野の専門家なのか分からないのですが、確かに、私たちの中から失われてしまったのではなく、錆びついて眠っているだけなのです。
 時々、揺り動かしてやると、ちょっとずつですが戻ってきます。

そのためにも、できるだけ機会を見つけてアウトドアに出ることをお薦めします。
 前回お薦めした外で一夜を過ごすことなどは、多分5000円くらいの投資でできてしまい、一度手に入れておくと何度でも使えます。
 5000円で何回も楽しめるレジャーなどそうあるものではありません。

海釣り公園の釣りでもいいでしょう。ここで慣れてきたら、ちょっとワイルドな磯などに出かければいいのです。

先に、東北地方で勤務していたときに不思議な体験をしたと述べました。
 その不思議な体験について述べて、今回のコラムを締めくくります。

例によって土曜日に車で出発して、何回か行ったことのある山の中の渓流で釣りをし、川岸で焼いて食べて、その晩はテントを張らずに車内で寝ることにしました。
 後部座席を全部倒し、ウィンドウのカーテンを全部引いて、車内で珍しくワインを飲み始め、いつの間にか眠ってしまいました。

真夜中、喉が渇いて目を覚ましたのですが、車の周りに何かいる気配がしました。
 最初に分かったのはキツネか何かでした。その動物はすぐに関心を失ってしまったらしくどこかへ行ってしまいました。

喉の渇きをどうするか考えているうちに、次の何かが近付いてきたのに気が付きました。
 さっきの動物が戻ってきたのかと思いましたが、キツネより大きいような気がして、しばらく様子を伺っていました。ひょっとするとクマかも知れないからです。

しかし、クマでもなさそうで、しばらく近くの川沿いをウロウロしていたようですが、また車の近くに戻ってきたのが分かりました。
 そしてそのまま車のそばから離れないのです。

何の気配なのか、どうも分からず、ありとあらゆる感覚を総動員して探りました。
 もう酔いも醒め、眼も完全に覚めていました。

どうも不思議で、車の周りをゆっくりと回りながら、カーテン越しに覗き込んでいるように思えるのです。しかし、普通の動物なら聞こえる草や枝を踏む音が聞こえてきません。

それまでに感じたことの無い気配なので、何なのか一生懸命に想像していました。

そして、思い当たった瞬間、凍り付きました。

「ヒト」の気配だということに気が付いたのです。
 明らかに獣ではない、しかし気配だけの「ヒト」が車を覗き込んでいたのです。

北東北の人里離れた山の渓流沿いの午前2時でした。

 

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