専門コラム「指揮官の決断」 No.040 ミサイル来襲 ? その2
前回に引き続き、北朝鮮によるミサイル発射の問題を考えます。
金正恩朝鮮労働党委員長が「米国の行動をもう少し見守る」と述べたことから、一挙にグァム島方面へのミサイルの発射の危機は当面ないものとの観測が行われています。
北朝鮮が本当にミサイルを撃つつもりだったのか、そのつもりだったとして予告した弾道によりグァム周辺海域を狙うつもりだったのか、そして、それを当分延期するつもりなのか、私なりに考えていることはありますが、私は軍事評論家ではありませんし、当コラムも軍事評論のためのコラムでもありませんので、それらの見解を申し述べることは差し控えます。
しかし、この問題を巡る我が国政府の対応は辻褄があっていません。これは危機管理上の問題です。
北朝鮮が弾道ミサイルの発射について言及したことを受けて、政府は直ちにPAC3の部隊を島根、広島、高知の各県へ移動させました。
朝鮮中央通信によれば、ミサイルは西日本の上空を通過し、3400km程度を飛行した後、グァム島の周辺30~40kmの海上に着弾するとのことです。
政府の対応は、北朝鮮がこのミサイル発射を行うという前提で、しかし、発射が失敗して西日本に落下する、あるいはブースター部分が日本海ではなく西日本に落下するおそれがあり、そのような事態に備えていると言えるでしょう。
つまり、北朝鮮がその発表どおりにミサイル発射を行う可能性があり、しかし、失敗もしくは不具合を生ずるおそれがあるという前提です。
一方で、外務省はグァム島への渡航について、何の警告も出していません。
北朝鮮の発表は3400km飛行した後、グァムの30~40km手前に着弾させるというものですが、30~40kmというのは総飛行距離の1%でしかありません。
北朝鮮がグァム島方面へ向けてミサイルを発射する可能性があり、しかし、発射が失敗するおそれがあるという前提でPAC3を移動させているにもかかわらず、しかし、外務省としてはグァム島方面へ向けたミサイル発射のおそれはない、あるいは発射されても1%の誤差もなく正確に30~40m手前に弾着するという前提のようです。
あきらかに政府の考え方は矛盾しています。
もし、北朝鮮がミサイルを彼らの言う通り発射する可能性があり、しかし、何らかの不具合が生じるおそれがあるというのであれば、グァムへの渡航が危険であると警告を出さなければなりません。
渡航安全に関する情報を出す必要がないというのであれば、ミサイルが発射される可能性はない、あるいは正確にグァム周辺30~40kmに弾着するということですから、PAC3を移動させる必要はありません。
なぜこのような矛盾が生じるのでしょうか。
PAC3の部隊を移動させたのは、直ちに移動させなければ西日本各県の不安が大きくなるからです。絶対に大丈夫だと説明ができない以上、PAC3の部隊を移動させないということに対する批判に政権は耐えることができません。
また、万が一、北朝鮮が本当にミサイルを発射し、その部品が西日本に落下してくるようなことが起きた時、PAC3を移動させていなければ政権はその座を失います。したがって、直ちにPAC3の部隊を移動させています。
一方で、この夏休みのシーズンにグァムへの渡航制限を出せば、グァムへの旅行を楽しみにしていた多くの国民の不興を買うでしょう。
航空会社、旅行業者からの苦情が大変になることは目に見えています。業界の利益を代表している議員からの圧力は相当なものになるのでしょう。
つまり、この矛盾が生ずる原因は政権が自らの安定を図っているからにすぎず、安全保障上の理由ではありません。
PAC3の部隊を移動させても、国民は当然の措置だと考えます。むしろ移動させなければ大変な騒ぎになるでしょう。移動する部隊の隊員は文句を言いません。淡々と命令に従います。
一方、グァムについては、警告を出せば業界から苦情が出ますが、出さないと国民が文句を言うかというとそうではありません。現に現在、渡航危険情報は出されていませんが、どこからの批判もありません。
しかし、PAC3の部隊の隊員の思いはどうでしょうか。
彼らは、ミサイルが発射される可能性が例え0.1%でもあれば淡々とその任務に就きます。それが自分たちに与えられた責務だと知っており、その責任の遂行のためには、身の危険も顧みないと宣誓している隊員たちです。
どのような任務であろうと、それが自分たちにしかできない任務であれば、彼らは誇りをもってやり遂げる覚悟を持っています。
しかし、彼らにも家族がいます。楽しみにしていた夏休みもあったはずです。普段、ほとんど遊んでももらえないお父さんと旅行に行くのを楽しみにしていた子供たちだっているのです。
自衛隊員も普通の社会生活を送っている以上、夏休みや正月休みを取ります。ただし、警戒態勢を緩めるわけにはいきませんので、部隊全員が一挙に休暇を取ることができず、通常は前半と後半に分かれて半数ずつが休暇を取り、残った半数で通常と同じ警戒態勢を維持します。つまり、休みをとるためにその前後はいつもより勤務はきつくなるのです。
そのようにしてやっと取ることのできる夏休みや正月休みを家族は楽しみにしています。
その隊員たちが、母基地を遠く離れて迎撃態勢を取っているのです。いつ解除になるとも知れない警戒態勢ですので、今年の夏休みは皆あきらめざるを得なかったでしょう。
かつて私の部下だった人物で、私のところから転出した矢先に同じような状況で出動することになり、お嬢さんの結婚式に出ることができなくなった隊員がいました。
口数が少ない、弱音を吐いたことの無いベテランの隊員でした。小さいときの事故で片足が少し不自由なお嬢さんの結婚が決まった時、本当にうれしそうな顔をしていたので、人事異動の調整があった時に、転出時機を結婚式の後にするよう調整しようかと本人に聞いたのですが、異動先の前任者が病に倒れたための緊急の補職であることを知っていた彼は、自分の着任が遅くなると部隊が困るだろうとそのまま転出し、転出直後に緊急の出航で出て行ったために結婚式に出席できませんでした。
任務を終えて帰還した部隊を出迎えに行ったのですが、さすがに私の顔を見て目を潤ませていたのが忘れられません。
このような隊員が配備についているPAC3の隊員の中にいないことを祈るばかりです。
待ちに待った夏休みに出動を命ぜられたPAC3の航空自衛官も、国民の期待を一身に担って、政権から頼むと言われて行くのであれば本望でしょう。現在西日本の各県で警戒態勢を取っている隊員たちはそう考えているはずです。
しかし、政権はそんなことは考えておらず、単にそのように対応しなければ国民の批判をかわせないから移動を命じているに過ぎないのです。旅行業界と違って隊員たちは文句を言わないからです。
もし、政権が真剣に警戒が必要だと考えているのであれば、グァムへの渡航に警戒情報を出さないことが説明できません。
自分たちが楽しみにしていた休暇も取らず、緊張した迎撃態勢を取っている最中に、そのミサイルが飛んでいくはずの先にあるグァムにはバカンスを楽しんでいる日本人が沢山いるという事実を彼らはどのような思いで受け止めているのでしょうか。
たびたび指摘していますが、現政権に危機管理を期待することは全くできません。
安全保障上の事態において最後の最後まで武力衝突事態を避けるために死に物狂いの交渉を続けなければならない外務大臣に、万が一にも我が国の安全保障が損なわれることの無いよう万全の準備に当たらなければならない防衛大臣を兼務させるという暴挙を平気で行う政権です。
例え内閣改造まで1週間という短期間だったとしても、その間に事態が生じたらどうなるのかということを全く考えていません。
また、その事態に何も問題を感じていない野党議員やメディアも、警戒態勢をとっている隊員たちがどのような思いで与えられた任務を遂行しているかなどまったく考えることなく、平気でお盆の休暇を過ごしているのです。現に、PAC3が動員されているにもかかわらずグァムに危険情報が出されていないことの矛盾を指摘する野党議員も評論家もいません。
私たちは政治を当てにせず、まともな評論もできないメディアを頼りにすることなく、自分たちの安全は自分で考えて守っていかなければならない時代に生きているのかもしれません。
コラムの更新をお知らせします!
コラムはいかがでしたか? 下記よりメールアドレスをご登録いただくと、更新時にご案内をお届けします(解除は随時可能です)。ぜひ、ご登録ください。