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専門コラム「指揮官の休日」 No.040 「クロスチェック」と「ダブルチェック」

SPECIAL

クライシスマネジメント(想定外の危機への対応)コンサルタント

株式会社イージスクライシスマネジメント

代表取締役 

経営陣、指導者向けに、クライシスマネジメント(想定外の危機への対応)を指導する専門家。海上自衛隊において防衛政策の立案や司令部幕僚、部隊指揮官として部隊運用の実務に携わる。2011年海将補で退職。直後より、海上自衛隊が持つ「図上演習」などのノウハウの指導依頼を受け、民間企業における危機管理手法の研究に着手、イージスクライシスマネジメントシステムの体系化を行い、多くの企業に指導、提供している。

様々な分野で様々な方法を使って事故の発生を防ぐ取り組みが行われています。
 今回のテーマである「ダブルチェック」と「クロスチェック」もそのような取り組みの一環です。
 この二つの言葉は、基本的には異なる意味を持つのですが、日常的にはあまりその差は意識されないようです。おそらく私たちの日常生活では「ダブルチェック」という言い方の方が馴染みが深いかもしれません。
 しかし、これがプロの世界になると話は別です。プロは使い分けています。

米国企業の取締役をしていた頃、出張で日本に戻ることが度々あり、太平洋を横断するフライトを何度も経験しました。
 南カリフォルニアに住んでいたので、最寄り空港がサンディエゴであり、ここには日本航空の成田直行便が就航しています。しかし、人気のある路線なので、かなり前から予約しておかないと乗ることが出来ないことがあります。仕方なくロサンゼルスやサンフランシスコからの便に乗ることもありました。
 日本からの帰りは、西海岸への直行便に乗るのが普通でしたが、ある時、どうしても予約ができず、シカゴ経由でサンディエゴに戻らざるを得なくてうんざりしたことがあります。シカゴからサンディエゴは直行便でも4時間近くかかるのです。
 本来ならマイレージを貯めるためにも航空会社を選ぶべきなのでしょうが、そんなことを言っていると必要な時間に行き来できなくなりますので、いろいろな航空会社に乗りました。多かったのは日本航空、全日空、デルタ航空などですが、コードシェア便で全日空だと思って乗ったらユナイテッドだったこともあります。

このいろいろな航空会社の旅客機の搭乗経験を通じて、あることに気が付きました。
 会社によって、使われる言葉が違うことがあるのです。
 その一例が今回のテーマである「ダブルチェック」と「クロスチェック」です。

私は飛行機の操縦資格を持っていますが、航空用語では「クロスチェック」という言葉が多用されます。ダブルチェックという言葉はあまり使われません。

一般的には、「ダブルチェック」は少なくとも2回、確認することであり、「クロスチェック」はやり方、使う資料などを変えて確認するという意味で使われることが多いようです。
 足し算の答えを、もう一度足し算をやってみるのがダブルチェックであり、和から引き算をして確認するのがクロスチェックと言うと分かりやすいかもしれません。
 同じ足し算をもう一度やってみても、違う人が行えばクロスチェックと言えます。

しかし、航空機の操縦の場合、パイロット一人でもクロスチェックを行います。
 操縦中のパイロットは外の様子を目視で確認したり、レーダーで確認したりしつつ、様々な計器に目を走らせ、飛行機の姿勢や高度、速度などを常に確認しています。一点を見つめていることはありません。これがクロスチェックと呼ばれる、パイロットの基本です。

当然のことですが、二人で行うクロスチェックもあります。
 正副操縦士の前には重要な計器がそれぞれに装備されています。故障で動かなくなった時にどちらかの計器が動いていればいいのですが、問題は二つの計器の値が異なって、どちらが正しいのかわからないときには困ります。致命的になりそうな計器は3つ装備することによって対応する機種もあります。
 このそれぞれの操縦士の前にある計器それぞれを、正副操縦士はお互いに見ています。自分の前にある計器だけを見ているのではありません。自分の前にある計器だけ見ていると、それぞれの計器が違う値を示しているときに、正副操縦士のそれぞれが違う認識をしながら操縦を続けることになるからです。したがって、互いの前にある計器を時々確認して、自分の前にある計器が異常ではないかどうかを見ているのです。これもクロスチェックと呼ばれます。

航空機のコックピットでは「クロスチェック」がこの様に行われているのですが、医療の世界やITの世界では「クロスチェック」の意味が若干異なるようです。業界によっては使われ方が統一されているところもあり、それぞれの業務の中で、いかにミスや事故を未然に防ぐかという工夫がなされてきた歴史を物語っています。

 私が航空会社でこの言葉の使い方が異なっているのに気が付いたのは、離陸前のパーサーの機内放送でした。

旅客機は離陸前にドアを閉めると、それを非常事態が起きた際に緊急脱出が可能なようにドアのレバーを「armed」状態にし、着陸後に「disarmed(アーム解除)」にすることが定められています。これは、緊急脱出のためにドアを開くと自動的に高圧のCO2-N2ガスを脱出シュートに噴出し、地上に飛び出すためのモードにするということです。この作業を各ドアにいるCAに行わせ、かつ、これを他のCAが確認するように要求する指示をパーサーが機内アナウンスで行うのをお聞きになった方も多いかと思います。実は、必ず行われていますので、次回ご搭乗の際に注意して聞いてください。
 ”Arm doors and cross check”というアナウンスが入っています。

普段はいつものことなので何気なく聞き流しているのですが、ある時、冬のデトロイトからサンディエゴに戻るフライトで、このパーサーのアナウンスが変わったのに気が付いたのです。

雪が降っている悪天候で、出発便の多くに遅れが生じ始め、私が乗った便もゲートを離れてタクシーウェイに向かったものの、なかなか離陸の順番が回ってこないようでした。機内から見ていても視界は悪くなるし、雪は横殴りになってくるし、自分が操縦しなくていいことに感謝していました。

さて、いよいよタクシーウェイのエンドに来て、前の飛行機が離陸するのを見ていた時、パーサーから機内放送が入り、各CAに対し“Door mode double check “という指示が出たのです。

パーサーは、いよいよ悪天候の離陸になることを覚悟し、ドアが緊急脱出に応じることができることを再度確認しようとしたのです。しかし、離陸の直前で、各CAも自分のシートでベルトをつけている状態ですので、互いにチェックすることはできないと判断し、自分でもう一度確認するようにということで、「クロスチェック」を要求せずに「ダブルチェック」を要求したのだと思います。

私は多分本を読んだりしていたのだと思いますが、珍しく「ダブルチェック」という言葉が耳に入ってきたので気が付いたのです。
 この後、機内アナウンスを注意して聞くようになったのですが、全日空機では「ダブルチェック」という言葉が時々使われ、日本航空機ではほとんど使われないようです。

私が取締役をしていた米国の会社で、現地人に「ダブルチェック」と「クロスチェック」とどう違うかを尋ねても、あまり明確に意識してはいないようでしたが、機内でキャビンクルーに出す指示は、間違いがあってはいけないので厳格なマニュアルの規定に基づいているはずです。

単純に考えると「クロスチェック」は「ダブルチェック」よりも間違いが少ないように見えます。違う人の眼で、あるいは異なった方法で確認する方がミスを発見しやすいことは間違いないでしょう。

コンピュータのプログラミングの経験のある方はお分かりかと思いますが、文法上のエラーはコンピュータがsyntax error と示してきますし、注意深く点検すれば防げます。またコンピュータの演算が止まってしまうので見つけやすいのですが、プログラムの論理的誤りは自分ではなかなか分からないものです。

しかし、ダブルチェックもクロスチェックも両方とも重要です。
 ダブルチェックをしっかりと行っていると、犯しやすいミスがどこに発生するのかが分かるようになります。

一方、クロスチェックは基本的に相手の行ったことを疑う姿勢で臨まないかぎり万全ではありません。
 それぞれの特徴を生かして使い分けることが大切です。

ちなみに、チェスの世界では背後の駒だけではなく動かした駒自体でもチェックするディスカバードチェックの一種をダブルチェックといい、キングが逃げる以外に対処できません。キングが動けなければチェックメイトとなります。将棋でいえば両王手です。一方、相手のチェックを防ぐ駒で相手のキングへのチェックする手をクロスチェックと言います。

業界が異なれば、「ダブルチェック」と「クロスチェック」は意味が全く異なるというお話しでした。

 

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