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専門コラム「指揮官の決断」 No.029 「危機管理」、「リスクマネジメント」そして「クライシスマネジメント」

SPECIAL

クライシスマネジメント(想定外の危機への対応)コンサルタント

株式会社イージスクライシスマネジメント

代表取締役 

経営陣、指導者向けに、クライシスマネジメント(想定外の危機への対応)を指導する専門家。海上自衛隊において防衛政策の立案や司令部幕僚、部隊指揮官として部隊運用の実務に携わる。2011年海将補で退職。直後より、海上自衛隊が持つ「図上演習」などのノウハウの指導依頼を受け、民間企業における危機管理手法の研究に着手、イージスクライシスマネジメントシステムの体系化を行い、多くの企業に指導、提供している。

私は危機管理を専門としていますが、リスクマネジメントの専門家として紹介されることが時々あります。「クライシスマネジメントが専門です。」とお伝えするのですが、相手の方はわかったようなわからないような顔をされるのが普通です。

リスクマネジメントという言葉は巷でよく聞きますが、それに比べてクライシスマネジメントという言葉は耳に馴染みがあまりないのかもしれません。
 そのリスクマネジメントという言葉自体もしっかりとした理解を得ているかと言えばそうでもありません。
 「リスクマネジメント=危機管理」と思い込んでいる評論家、ジャーナリストは山ほどいます。
 また、クライシスマネジメントに至ってはその概念は論者の数と同数存在します。
 これが混乱を招く原因となっています。
 ㈱ドラゴンコンサルティングの五藤万晶代表は似て非なるものを称してイルカとサメの違いと述べておられますが、リスクマネジメントとクライシスマネジメントにも同様のことが言えます。姿は似ていないこともないのですが、一方は哺乳類、他方は魚類で、生態が全く異なるのです。

危機管理という言葉は、1950年代に国際関係論の用語として登場しました。当時は核戦争をいかに防ぐかという問題として認識されていました。これはCrisis Management の訳でしたが、日本語訳として「クライシスマネジメント」と表記されることはあまりなく、「危機管理」として訳されていたことが多かったように思います。

この「危機管理」という言葉を国際政治学の場から私たちの日常生活の場へ展開させたのは、警察官僚出身の佐々淳行氏であり、1979年に出版された『危機管理のノウハウ』以降、身近に起こる様々な危機への対応に概念が拡大されていきました。

「危機管理」という言葉自体は、それ以降も折に触れて脚光を浴びることはありましたが、やはり何か特別な概念であって一般市民に直接かかわるものとは認識されていませんでした。

それが1995年(平成7年)1月17日に発生した兵庫県南部地震による大規模地震災害、いわゆる「阪神・淡路大震災」を機に、主として大規模自然災害への対応という観点から民間企業や一般市民にも一挙に関心が広まりました。危機管理のコンサルティング会社が活躍し始めたのもこの頃からです。

 この頃から、時を同じくして損害保険会社や銀行を中心に「リスクマネジメント」という言葉が使われるようになりました。
 そこでマスコミで「リスクマネジメント」と「危機管理」という言葉がそれぞれの概念に区別を付けずに使われるようになっていきました。
 損害保険会社や銀行はその専門的見地からリスクマネジメントを提案していたのですが、それを理解しない評論家やジャーナリストが両者を混同させたのです。

以前から「危機管理」は「クライシスマネジメント」の訳として使われてきていました。つまり、「クライシスマネジメント=危機管理」だったのです。
 一方で、「危機管理」という言葉と「リスクマネジメント」という言葉が区別なく使われるようになると、問題が生じます。
 「危機管理=クライシスマネジメント」で、かつ、「危機管理=リスクマネジメント」であると、自動的に「リスクマネジメント≒クライシスマネジメント」という式が成立してしまうからです。
 しかしながら、この両者ははっきり別物です。根本的な発想が異なっているのです。

リスクマネジメントについては経産省やISOなど様々なところで様々な定義がなされています。紙面の関係上、それらすべてをご紹介することはできませんが、大きく取りまとめると、「組織の戦略的な目的達成に影響を与えるすべてのリスクを評価し、適切に対応するための活動を管理すること」ということになります。
 つまり、組織の戦略目的を達成するためのリスクをあらかじめ評価し、リスクを取るか取らないかの判断を行い、リスクを取るという意思決定がなされた場合には、マイナスのリスクが出現しないよう管理し、もしリスクが現実のものになった場合にはいかに対応するかを策定しておくということです。

リスクマネジメントの典型例は損害保険です。危険が現実になった場合、経済的に解決しようとするために、その危険性をあらかじめ経済的価値で評価しておいて、万が一に備えるのです。

ここで注意しなければならないのは、「リスク」は「危機」ではなく「危険性」のことであるということです。リスクを取るか取らないかという判断を行うというのは、危険を冒すかどうかという判断のことです。

危機は避けねばなりませんが、リスクは進んで取る必要がある場合が多いのです。あらゆるリスクを避けていると事業は進展していかないからです。
 その「危険性」をあらかじめ評価して、取るか取らないかを決め、取るとなったならば、その危険性に対応する対策を講じるのが「リスクマネジメント」です。
 事前に評価して備えるのが前提ですので、その評価を超えた事態への対応はできません。「想定外」だったという言い訳がなされるのはそのためです。
 想定内であれば対応できるが想定が外れた場合には対応できないというのは危機管理ではありません。危機管理はギャンブルではないのです。

つまり、「リスクマネジメント」は「危機管理」ではありません。
 危険性をどのように管理していくのか、さらにはいかに危険性をチャンスに結び付けていくのかを課題としています。

一方のクライシスマネジメントは危機そのものと対峙することを課題としています。
極端ですが、自動車保険に加入するのはリスクマネジメントで、自動車の事故を避け、事故が起きてしまったらどうするのかを考えるのがクライシスマネジメントという説明が分かりやすいかもしれません。

自動車保険に加入していることで事故が防げるわけではないのです。事故が起きた場合には、かなりの問題を経済的に解決してくれますが、命が失われた場合、それが戻るわけでもなく、手足が失われた場合も同様です。そこにリスクマネジメントの限界があります。そもそも危機管理ではないからです。
 しかし、だからと言って保険に入っておかないと大変なことになります。したがって、リスクマネジメントは極めて重要なのです。

リスクマネジメントのコンサルタントの多くはこの領域で専門的な力を発揮しています。リスクの幅は広く、種類も多いので、専門が分かれるのが普通です。リーガルリスク、ファイナンシャルリスクなどの専門家と防災やテロ対策の専門家は全く異なる仕事をしています。
 このプロセスは非常に重要で、これを誤ると「リスク」が「危機」に転じてしまう恐れがあります。

一方でクライシスマネジメントの方はどうでしょうか。
 実は、クライシスマネジメントの専門家というのは、民間にはほとんどいません。
 何故でしょうか。

リスクマネジメントが、リスクの評価を前提としているのに対して、クライシスマネジメントは、危機が想定できるものばかりとは限らないという前提に立っています。したがって、想定外の事態に対応しようとします。

想定できない事態への対応というのは、一般原則を確立することができません。何が起きるのか分からないため、原則を導き出すことができず、したがって、教科書を作ることもできません。クライシスマネジメントを専門とするコンサルタントが極めて少数なのはこのためです。

巷でよく言われるのが、危機に備えるのが「リスクマネジメント」であり、起きてしまった危機に対応するのが「クライシスマネジメント」であるということです。経産省のドキュメントにも事前にリスクマネジメントをしっかりとしておき、危機が生じた場合には速やかにクライシスマネジメントに移行すると書いてあるものがありますが、経産省もリスクマネジメントとクライシスマネジメントも理解していません。

繰り返しますが、リスクマネジメントが対象としているのは「危険性」であり「危機」ではありません。そして、リスクマネジメントは事前にリスクを評価して備えますが、リスクが実際に生じた場合の対策も検討しておき、実際となった場合にはその対策を実施に移していきます。つまり、リスクに備えるだけでなく、実際にリスクが生じた場合の対応もリスクマネジメントの領域だからです。

一方のクライシスマネジメントが対象とするのは「危険性」ではなく「危機」そのものですが、その危機が生じた後に対応するだけでなく、そもそも危機に陥らないように対策をとることから始めますので、事後的に対応だけを行うものでもありません。
 冒頭に述べたように、もともとクライシスマネジメントはいかに核戦争を抑止するかを議論をしていたのであり、核戦争が起きてしまった後をどうするかを考えていたのではないのです。経産省の役人はこの経緯を知らないのでしょう。

両者の違いは、「危険性」を対象とするか「危機」を対象とするかという点と、想定と評価を前提とするかしないかということにあります。

想定していなかった事態に備えるのに必要なのは、事前の態勢固めと危機に臨む覚悟です。脇を固め、様々な事象に注意を払い、どうしても危機が避けられない場合には毅然と対応することにより持てる能力の全能発揮に努める、それがクライシスマネジメントには必要です。

東日本大震災に際して、「想定外」という言葉が政府関係者や原発関係者、東電経営陣などから乱発されましたが、これはリスクマネジメントの発想です。リスクマネジメントはリスクの評価を前提としますので「想定外」が生ずる恐れがあります。彼らは未曽有の危機に際して「リスクマネジメント」の発想しかなかったので、評価していなかった事態に際してなすすべを失っていたのです。

しかし、クライシスマネジメントは事前の評価を前提としていません。消防、警察、海保、自衛隊などは日常的にクライシスマネジメントに取り組んでいます。したがって、彼らの口から「想定外」という言葉が出ることはありません。彼らは、「想定外」に対応するのが主任務なので、「想定外だった」ということが免罪符にも何にもならず、ただ、自分たちが怠慢で無能だったということに等しいということを彼らが知っているからです。

もちろん、彼らもある一定の想定の下に装備を整え、訓練を行っています。しかし、それは予算と時間の制約のもとで装備を調達し、訓練を行わなければならず、致し方なくそうしているだけであり、常にその想定以上の事態が生起するおそれがあることを意識しており、その事態への対応を準備しています。

それが「覚悟」です。

東日本大震災時、福島原発の事故に臨んで決死的な作業を黙々と遂行した彼らはその覚悟を持っていました。
 彼らは「俺が止めてくる」「俺たちがやらなければ誰がやるんだ」と言い残して出て行ったのです。
 これを見ていた政治や経営に関わる人々にはその「覚悟」が無かったのでしょう。二言目には「想定外」を口にしました。
 これは単なる責任逃れです。いくら「想定外」であったと述べても何の説明にもならないのです。対応ができていないことの言い訳にしかなっていません。しかも、まともな責任者のなぜ対応ができないのかの説明にもなっていません。
 この「想定外」という言葉を口にした人々が自分では現場に飛び込むことのない人々だったのが印象的です。

簡単に説明してきましたが、リスクマネジメントとクライシスマネジメントの違いをご理解頂けたでしょうか。
 リスクマネジメントは極めて重要です。これをいい加減にするといとも簡単に危機に陥ってしまいます。しかし、リスクマネジメントは危機管理ではないので、クライシスマネジメントをしっかりとしておかなければならないのです。
 サメとイルカの違いがあるのです。

 

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