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専門コラム「指揮官の決断」 No.020 働き方改革が問題を解決するか?

SPECIAL

クライシスマネジメント(想定外の危機への対応)コンサルタント

株式会社イージスクライシスマネジメント

代表取締役 

経営陣、指導者向けに、クライシスマネジメント(想定外の危機への対応)を指導する専門家。海上自衛隊において防衛政策の立案や司令部幕僚、部隊指揮官として部隊運用の実務に携わる。2011年海将補で退職。直後より、海上自衛隊が持つ「図上演習」などのノウハウの指導依頼を受け、民間企業における危機管理手法の研究に着手、イージスクライシスマネジメントシステムの体系化を行い、多くの企業に指導、提供している。

政府の働き方改革の大きな柱である時間外労働規制の政労使合意案として、繁忙期の月上限を休日労働を含んで月100時間未満とすることが「働き方改革実現会議」で了承されました。

過労死やメンタルダウン、その結果としての自殺などを防ぐための施策なのでしょう。しかし、この長時間労働を規制する規則では問題を解決できるとは到底考えられません。

やらねばならぬ仕事を家に持ち帰ってすることになるだけではないでしょうか。そうなると家にいても仕事が目の前にあり、気分の切り替えが出来なくなってしまいます。メンタルヘルスの観点からはいかがなものでしょうか。

かつて公務員制度改革の一環として各省庁で定時退庁日という制度が導入されたとき、この恩恵に浴したのは、本当は仕事があまりないのだけど、同僚や上司が忙しそうに働いているのでなんとなく先に帰ることに後ろめたさを感じていた職員でした。本当に忙しい職員は一度退庁したふりをして戻ってきたり、週末に出勤したりしていたのです。

私は制服の自衛官だったため国家公務員法の適用を受けず、自衛隊法の下で勤務していたので、時間外労働という概念とは無関係だったのですが、それでも海上幕僚監部のようなお役所勤務をするセクションでは定時退庁日の制度が始まった当初は早めの退庁を余儀なくされていました。それも3か月くらいたったときには完全にもとに戻っていたように思います。

確かに極端な長時間労働は健康を損なうかもしれませんし、メンタルダウンしてしまう人も出てくるかもしれません。しかし、私の経験から申し上げると、人がメンタルダウンするのは別の理由です。

かつて、2年間で17日間しか休みを取れなかった勤務をしたことがあります。2年間というと104週間ですから、土日だけでも208日あったはずで、その他に祝日があり、夏や年末に認められる特別休暇などもあったはずです。しかし、その2年間で私が一日に一回も職場に顔を出さなかった日は17日間しかありませんでした。

それは佐世保を母港とする護衛隊群の司令部幕僚として勤務していた時のことです。年間150日近くは海上に出ており、母港に戻っても連日深夜まで司令部で仕事を続け、土日の夕食くらいは船で食べるのではなく街へ出て食べようかという勤務でした。

私の能力の問題もあったかもしれませんが、とにかくそれだけ仕事をしても間に合わないのです。その護衛隊群は8隻の護衛艦から編成されていました。東シナ海で有事があった場合、最初に飛び出すのは自分たちだという自負もあり、伝統的に猛烈な訓練を行うことで知られる部隊でした。

訓練を指導する群司令及び司令部幕僚は、外洋に出ると訓練を指導しつつ次の訓練の計画を立て、母港に戻るとその具体化のための調整を行い、そしてまた訓練に出ていくということを繰り返していました。航海中は訓練の合間のちょっとした時間をつなぎ合わせてやっと1日4時間程度の睡眠を確保するのが精一杯という状況でした。

その司令部幕僚勤務を2年間続けた後、今度は少しはのんびりできる配置に就けるかなと期待していたら転勤先は海上幕僚監部の防衛課というところでした。海上自衛隊の防衛政策の立案にあたる部門で、私は年度業務計画を策定する班に配属になりました。ここでは予算要求と業務計画の作成及び実施の監督が主な業務です。

予算要求では予算編成に当たる財務省の主計官、主査からの質問にいつでも答えなければならず、それは深夜になるのが普通でした。また、国会開会中は大臣の答弁資料などを作るために質問に立つ議員の事前通告を待たねばならず、これも深夜になるのが普通でした。さすがに当直は免除されていましたが、この防衛課勤務では月曜日に出勤して金曜日に帰宅するのが普通でした。室内にあるソファで寝ることができる日は稀で、大抵は机の下で寝袋で寝ていました。

この勤務もちょうど2年間続きました。つまり、4年間にわたって、凄まじい激務が続いたことになります。とにかくゆっくりと眠りたいと常に考えていたように思います。特に、佐世保の艦隊勤務では、乗員のからかいに慣れっこになっている猫が岸壁の根本にある警衛の詰所の中で恥も外聞もなく眠りこけているのを眺めながら、つくづくうらやましいと思ったものでした。

当時まだ40代で、かつ海の上にいたため極端な運動不足で体力の衰えは感じてはいましたが、若い頃に鍛えた貯金がまだあったのかもしれません。特に健康を損なうこともなく、メンタルダウンすることもなく何とか切り抜けることが出来ました。

たしかに艦隊勤務はオカの勤務よりは良かったのですが、その後の海幕勤務は私の大嫌いな大都会での役人暮らしでした。しかも相手は内局や財務省のヤクニンやマムシより嫌いな政治家たちでした。途中で、ひょっとしたらもうダメかもしれないと思ったことがないわけではありません。

しかし、耐えることができた要因は、今考えると二つあります。

一つは、使命感を満たすことのできる仕事だったということです。
 海上自衛隊の最精鋭部隊の司令部幕僚として、その錬成を指導するということは大変な仕事ではありますが、同時に遣り甲斐のある仕事でした。海幕勤務も、各部が立案してくる予算要求案を査定して、日本の海上防衛に必要だと判断する事業を担ぎ、予算を獲得するという仕事は責任も大きいですが遣り甲斐もある仕事でした。

もう一つは、人間関係だったと思います。
 群司令部幕僚部には、それぞれが全く異なる分野の専門家が集まっていますが、それぞれの専門的な知識、経験に敬意を払い、それを尊重しつつチームとして仕事をしていました。お互いの足りないところを補い合っていたのです。

また、指揮官である群司令はそれぞれの幕僚の専門的見解に納得のいかないところは情け容赦なく指導を加えましたが、突き放すことは無く、最後まで徹底的に指導をしていました。彼も最精鋭部隊をいかに鍛えるか、必死だったのでしょう。司令部全体で、いかに精強な部隊を錬成するかという課題に取り組んでいたのです

海幕防衛課の勤務では、数十人の課員の中に候補生学校の同期生が何人かいて、激務の合間に気の置けない雑談を楽しむこともでき、また、各班も班長の指導の下にチームワークがよく、夕食を一緒に取るのが普通でした。

要するに、思いだしてもゾッとする激務の4年間でしたが、この間、職場にいることがつまらないとか、上司や同僚が嫌だと思ったことがありませんでした。相談すればいつでも乗ってくれる同僚や、指導を仰げばいつでも一緒に考えてくれる上司に恵まれていたことになります。

この経験から申し上げると、人は少々の激務では潰れません。しかし、人間関係が良くないとあっという間に潰れてしまいます。

かつてマザー・テレサが述べた有名な言葉があります。
「愛情の反対は憎悪ではありません。それは無関心です。」

電通で、若い有能な女性社員が自殺をするという悲劇的な事件がありました。彼女も激務で死を選んだのではないと思います。上司や同僚が見てくれていなかったのではないでしょうか。特に直属の上司が見てくれていないと、経験のない社員は耐えがたい孤独感に襲われます。

人を生かすも殺すも人間関係です。そして職場の人間関係の鍵を握っているは中間管理職です。中間管理職が管理職であることの自覚を持っていないと、職場の人間関係に気を配ろうとしません。活気ある組織にはなりません。軍隊でいうと中尉、大尉クラスが元気がないと精強な部隊にならないのです。

しかし、中間管理職に管理職たる自覚、認識を持たせる努力や教育がしっかりとなされている企業は少ないのではないかと思われます。自衛隊は、幹部候補生学校で1年かけてその自覚を醸成させるのですが、それでもなかなか現業に就くと、自分の仕事を覚えることで手一杯で部下に目を配る余裕がなくなってしまいます。そういう教育さえ受けずに管理職になってしまった初任管理職はもっと大変でしょう。彼らに管理職の自覚が無いのは当然と言えば当然です。

この中間管理職に管理者としての自覚を持たせ、人間関係に気を配らせることによって活気ある組織をいかにして作るか。それが時短よりも重要な課題だと思っています。

ちょっとしたリーダーシップ教育によって、彼らの意識を変えることが出来ます。ただし、それはセミナー講師を呼んで行う初任係長教育ではありません。日々の業務の中で、彼らが管理職としての自覚を持つことが出来るような仕組みを作ることが必要です。特別に教育のための時間を取るのではなく、日頃の業務の中にちょっとした工夫をするだけで、中間管理職を管理職としての自覚に目覚めさせることができるのです。

それが組織全体を活気づかせ、そこに集う人々が生き生きと働くことができるようになるのであれば、その教育に今すぐ手を付けるべきではないでしょうか。お金も時間もかからないのです。というよりも、お金と時間をかけても人は育ちません。

必要なのはトップを頂点とする経営陣の、本気で人を育てるという覚悟です。掛け声だけでは人は育ちませんし、予算をつければ人が育つと思ったら大間違いです。逆に、経営陣が本当に人を育てる覚悟を決めれば、黙っていても人は育ちます。人を育てることが自分の使命だと理解している経営者の背中が人を育ててしまうのです。

私の海上自衛隊での部隊勤務は、ただひたすら自分を鍛えて技能を磨き、部下を育てることでした。その経験から自信を持って申し上げますが、真剣に部下を育てる覚悟さえあれば、人を育てることは誰にでもできることなのです。

 

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