専門コラム「指揮官の決断」 No.014 通りすがりの挨拶
私は車の運転があまり好きではないので、便利だとは思っていますが、趣味でドライブをしたりすることはまずありません。船や飛行機の操縦は面白く、バイクも好きなのですが自動車だけは、なぜか関心があまりありません。
したがって、学生時代もオートバイには好んで乗りましたが、自動車は物を運んだり、電車で行くのが面倒な場合に使う程度で、いわゆるドライブというものの経験はほとんどありません。もっとも若い頃にドライブに連れ出したいと思うような相手がいなかったというのも大きな理由かもしれませんが。
学生時代に乗っていたバイクは、ホンダのXL250Rというオフロードバイクで、ホンダがプロリンクサスペンションを初めて採用したオフロードバイクでした。当時は空前のバイクブームで、いわゆる暴走族も多く、私が住んでいた湘南でも、「関東連合」とか「ピエロ」といった集団が走り回り、時としてぶつかり合い、大騒ぎになったことも少なからずあった時代です。
鎌倉の七里ガ浜で両グループが大乱闘をおこし、しばらく134号線を走行するとバイクだけの一斉検問が行われたこともあります。警察官の指示に従って検問を待つ数百台のバイクの列に並び、1時間以上たってやっと番が回ってきたとき、私のバイクを一目見た警察官が、「オフロードなんかいいんだよ。さっさと行け。」と言われて腹が立った私は、「むこうにいたポリが並べと言ったから並んだんだろうが。しっかり免許証を確認しろ。」と食って掛った覚えがあります。
当時、バイク乗りには妙な連帯感があり、路上でバイクがすれ違う際には片手を挙げて挨拶を交わしたものでした。特にオフロード乗り同士は、自分たちは暴走族とは違う真っ当なバイク乗りだという意識を持っていたので、すれ違う時の挨拶の熱の入れようは一段と高かったように思います。その頃流行作家だった片岡義男さんの影響か、サイドミラーの片方を少し下げて、ポールにリンゴを刺して箱根新道を走っている女性のバイク乗りに会ったこともあります。
学生時代のある日、私は一人でツーリングに出かけ、箱根を越えて国道1号線を清水に向かって走っていました。三島と沼津の間を走行中、前方から陸上自衛隊の偵察部隊のバイクの一団が走ってくるのが見えました。この部隊が、私のバイクと同じXLの排気量を500㏄にアップしたバイクを採用しているのを雑誌で読んで知っていた私は、ちょっと挨拶をしてやろうと思い、軽く前輪を上げる挨拶(いわゆるウィリーというやつです。)をしたのですが、その後で愕然とさせられたのです。
私が前輪を上げた一瞬の後、陸自部隊の先頭を走っていたバイクの指揮官がちょっと手を挙げて合図した次の瞬間、後続の10台近いバイクが一斉に前輪を持ち上げ、そのままの姿勢ですれ違っていったのです。
プロをなめてはいけないと思い知った瞬間でした。よくあんなでかいエンジンを積んで持ち上げられるなと恐れ入ったものでした。最近、私はバイクには乗りませんが、バイク乗り同士が挨拶を交わしているのも見かけなくなりました。同型車種がすれ違う時、どうしているのかと思います。
海でも行き会う場合の挨拶があります。私はヨット乗りですが、先輩のヨット乗りに話を聞くと、昔は岬を回る時に灯台に向かってクラブ旗を上げ、船名符字を信号旗で掲げると、灯台がWAYの旗(「安全なる航海を祈る」という意味の国際信号。現在はUWの2文字になっている。)を掲げてくれたそうです。これにより灯台は、当該ヨットが岬を回った時間を記録するので、後でヨットが行方不明になったときなど、捜索の範囲を決めるのに役立つのです。まだ灯台に灯台守という職員がいたころの話です。
海上で軍艦と商船がすれ違う時には、商船が旗を一時下して敬礼とするのが一般です。帆船時代に主帆を少し下して挨拶していた名残だそうです。敬礼を受けた軍艦も軍艦旗を下げて答礼します。
外国では商船が軍艦に敬礼をするのは当たり前なので、海上自衛隊の艦艇も公海上や他国の領海などを航行する際には、行き交う船との間に頻繁に敬礼を行います。日本の領海内を走っていて敬礼する国内の商船はあまりありませんが、日本に入港してくる外国船は敬礼してくるので、しっかりと答礼しないと大変失礼なことになるため見張りが大変です。
軍艦同士が公海上で出会う時は、本来ならば礼砲の交換が行われます。相手の階級などに応じて礼砲の発射回数は異なるのですが、これは、次発装填が大変だった帆船時代の軍艦が、自分の持っている艦砲を相手が射程に入る前に撃ってしまって、実弾が入っていない状態として敵意がないということを相手に示すための行為の名残です。
現在の艦砲は、構造上、空砲を続けて撃つことが難しく、礼砲を撃つ場合には礼砲専用の儀礼砲を使うことが多いので、洋上で軍艦同士がいきなり出会っても礼砲の交換をすることは諸外国でもやってはいないだろうと思います。外国の軍艦がどこを行動しているのか、大抵は把握しているので、いきなり遭遇するということもあまりないかもしれません。
かつて、洋上でチリ海軍の練習帆船と出くわしたことがありました。遥か遠くでお互いを視認したため、無線で交信してお互いの指揮官の階級などを確かめたうえで近づき、先方はセールを半分下げる敬礼、当方は乗員を舷側に整列させる登舷礼式をもって敬礼の交換を行いました。
敬礼終了後、さらに近づいて、互いの乗員がエールを贈り合いました。広い太平洋上で偶然に出会った、言葉も習慣も違う国の海軍同士でしたが、お互いが海を共通の活動の場所としているというだけで分かりあえる海の男たちの絆を感じ、甲板上で思い切り手を振っている乗員を見ながら胸の熱くなる思いをしたことを覚えています。海を仕事場にして本当に良かったという想いでした。
弊社では意思決定、リーダーシップそしてプロトコールを3本柱として重要視しています。弊社ではプロトコールを、組織の外部との関わり方と定義し、部外から信頼される組織となるため、また、脇の堅い隙のない組織となるためにその感性を磨くことの必要性をことあるごとにお伝えしています。
そして、そのプロトコールにおいては、挨拶の仕方なども重要です。バイク乗りにはバイク乗りの挨拶の仕方があり、船には船の習慣があります。
特に相手が外国である場合、歴史や伝統を重んずる国や組織であれば、それを尊重しなければなりません。国際的なコンセンサスがある場合にはそれに従うべきでしょうし、相手の土俵に乗り込んでいく場合には相手の習慣等を尊重しなければなりません。
これはそう簡単ではなく、また、一朝にして身に付くものでもありません。だからといって、萎縮する必要もありません。指揮官の皆様が、プロトコールのしっかりとした組織を作るのだという決意のもとに、業務上の目の付け所のちょっとした転換を図るだけで、じわじわとしっかりとした対応ができる組織に変わっていきます。
ちょっとした気付きのポイントを教えるだけで、プロトコールについての感性が磨かれていくのです。それが積み重なって、いつの間にかそのような気付きの無い組織とは雲泥の差が生まれていきます。
ほんのちょっとした着意の問題なのです。
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