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専門コラム「指揮官の決断」 No.013 風通しのいい組織を作る

SPECIAL

クライシスマネジメント(想定外の危機への対応)コンサルタント

株式会社イージスクライシスマネジメント

代表取締役 

経営陣、指導者向けに、クライシスマネジメント(想定外の危機への対応)を指導する専門家。海上自衛隊において防衛政策の立案や司令部幕僚、部隊指揮官として部隊運用の実務に携わる。2011年海将補で退職。直後より、海上自衛隊が持つ「図上演習」などのノウハウの指導依頼を受け、民間企業における危機管理手法の研究に着手、イージスクライシスマネジメントシステムの体系化を行い、多くの企業に指導、提供している。

今回は組織内のコミュニケーションについての話題を取り上げます。

CRMと聞いて、多くのビジネスマンは顧客関係管理(Customer Relationship Management)を思い浮かべることでしょう。1990年代後半から耳にするようになった顧客と企業のあらゆる接点におけるデータを分類・整理し、全社的に共有を図る新たなマーケティング手法として、特に業務がIT化されるに従って普及していきました。

この経営手法も企業の情報に関する感度を高め、些細な問題点が大きな問題に発展する前に対処する能力を高めますので、危機管理にとっても有益な手法と言えます。

ただ、今回のコラムで取り上げるCRMは、この顧客関係管理とは別のCRMです。

航空機の運航に関わった経験のある者はCRMと聞くとCockpit Resource Management を思い浮かべます。船舶の運航に携わった者にとってはBridge Resource Management としてお馴染みです。基本的な問題認識が同じなので手術に臨む医療関係者もこのCRMという略語をよく使うようです。

近年は、コックピットの運航乗務員だけでなく、客室乗務員もリソースとして活用すべきという考え方が広まり、また航空機だけでなく様々な分野で採用される考え方になってきたことから、Crew Resource Management と呼ばれているようです

このCRMの基本的な発想は、チームで業務を行う際、そのチームワーク、コミュニケーション、リーダーシップを最適なものとしてヒューマンエラーを防ぎ、チームの業務遂行能力を向上させることにあります。つまり、チーム内の風通しをよくすれば多くの事故が防げるということです。実際、このCRMの採用は航空機や船舶の事故防止に極めて大きな貢献をしています。

しかし、このCRMの必要性が議論され、研究され、訓練方法が確立されるまでには、重大事故がいくつも生起し、多くの犠牲者を出しています。

その発端となったとされる事故が1972年の年末の夜に起きたイースタン航空401便の墜落事故でした。イースタン航空401便は、当時の最新鋭機トライスターであり、高度な自動操縦装置を装備していました。その最新鋭機がニューヨークを離陸し、深夜、マイアミ国際空港へ着陸進入を行っている最中、異常な高度低下に気が付かないまま付近の沼地に墜落し、乗員乗客176名中103名が死亡してしまいました。

401便が副操縦士の操縦でマイアミ国際空港に着陸進入する態勢に入り、管制官との交信などを担当していた機長が脚を降ろすレバー操作をしたところ、前脚が降りてロックされたことを示すランプが点灯しなかったため、着陸復行を行いました。その後、自動操縦装置をセットし、副操縦士が点灯しなかったランプを外して調べたところ、球切れであることがわかりました。機長はすぐに航空機関士に床下に降りて前脚が降りているかどうか目視で確認するように命じました。

このとき、航空機関士に向かって振り向いた機長の肘が操縦桿に触れたため、自動操縦が解除されてしまったようです。アメリカ製の航空機は操縦桿を操作すると操縦桿に関わる自動操縦機能が解除されるよう設計されています。自動車のクルーズコントロールが、ブレーキやアクセルを踏むことにより解除されるのと同じ理屈です。

ただ、誰も自動操縦が解除されたことに気付かず、機長と副操縦士は切れた球に気を取られていました。操縦桿の自動操縦機能が解除され、かつ、着陸前に速力を落とすためにエンジンの出力が絞られていたため、401便は徐々に高度を下げていたのですが、コックピットの誰も気が付いていませんでした。管制の承認高度よりも下がったことを知らせる警告のブザーも鳴りましたが、誰も気が付いていませんでした。

また、レーダーで見ていた管制官が「どうなっていますか?」と呼びかけてきましたが、機長は前脚のことを聞かれているものと思い、「大丈夫だ」と答えています。沼地の上を飛んでいたことから眼下に街の灯りが見えないこともあって、異常に低い高度で飛行中であるという認識がなく、墜落の7秒前に副操縦士が気が付いた時にはすでに手遅れで、そのまま沼地に墜落してしまいました。コックピットのクルーは全員が死亡しています。

同様の事故は1978年の12月にもユナイテッド航空173便のDC-8機で起きました。この時は右の主脚が降りてロックされたという表示が点灯ではなく、点滅したため、機長はそのことに気を取られていました。

この飛行機は主脚が降りてロックされると主翼の上にそのことを示す突起物が現れる構造になっており、航空機関士がそれを肉眼で確かめて報告しているのですが、機長は万が一着陸の際に主脚がロックされていなかったら大事故になると心配し続け、空港の手前で旋回を繰り返しました。その間、副操縦士や航空機関士が残燃料について何度か注意喚起しているのですが、機長は主脚に気を取られていて燃料については上の空で、最後には燃料不足で全てのエンジンが停止し、空港にたどり着けずに墜落するという悲劇になってしまいました。

1977年3月、スペイン領カナリア諸島のテネリフェ島で起きたパンアメリカン航空とKLMオランダ航空の2機のジャンボ機の滑走路での衝突事故は、航空機の事故としては歴史的な大惨事となり583名の犠牲者を出しました。

「テネリフェの悲劇」として知られるこの事故は、実に様々な要因が重なり合って生じていますが、管制塔から滑走路が見えないという霧の中で、許可を得て滑走路を横切っていたパンアメリカン航空機に、自機に離陸の許可が下りたと勘違いしたKLM機が滑走路上で激突したものです。管制官はKLM機に管制承認を出したのですが、それは離陸後フライトプランに沿って飛行してよいという承認であって、離陸を許可したものではありませんでした。

KLM機は離陸位置まで進み、離陸許可を待つべきであったのですが、その旨管制官に通報したところ、スペイン人管制官が不用意に「OK。待機せよ。あとで呼ぶ。」と言ったため、離陸が許可されたものと思い込んでエンジンを全開にしてしまったのです。「OK」という言葉は正規の管制用語ではありません。全く不用意な言い方でした。しかも、同機の航空機関士が「パンナム機がいるかもしれません。」と機長に伝えているのですが、機長はその意見を無視して濃霧の中を強引に離陸しようとして衝突してしまいました。

これらの航空機事故に共通しているのは、機長が超ベテランであり、副操縦士も航空機関士もなかなかその判断に異論を唱えることが難しい空気があったことです。コックピットには3人のクルーがいるだけなのに、風通しが極端に悪いのです。

そこでNASAがさまざまな事故を分析、さらにはシミュレーターを使った実験を行った結果、チームワークが適切でなく、状況認識に欠陥が生じて起こった事故が多数あることがわかりました。

この結果を受け、NASAは1979年にCRMの概念を世に問い、積極的なコミュニケーションや適切なリーダーシップ、正確な意思決定などのヒューマンファクターに関わる訓練の必要性を説きました。そして、1981年にユナイテッド航空を中心に訓練法が開発され、1995年に連邦航空局がそのCRM訓練を義務付け、日本でも1998年には義務付けられています。

医療の世界でも、手術中に執刀医のミスを助手が的確に指摘せず、看護師が執刀医の不注意な指示を確認することなく実施するなどのヒューマンエラーによる事故が多発した結果、CRMを導入するようになっています。

しかし、チームで仕事をしていてコミュニケーション不足や不適切なリーダーシップにより失敗が起こるというのは、飛行機のコックピット、船のブリッジ、手術室の中だけでの話ではありません。私たちのオフィスの日常業務の中でもよく起こることです。

電話の伝言のミス、メールに書かれた言葉のニュアンスの誤解、相手も了解しているはずだという思い込みなどで思わぬ事態が展開することはよく経験することですし、上司のミスを指摘できずに面倒な事態になってしまうこともあり得ることです。

人命を守るという大きな目的があるため、CRMの本格的な訓練は時間も費用もかかりますが、日常のオフィス業務のためのCRMの訓練はそれほど大変なものでありません。

当社のコンサルティングの中でもその要領をお伝えしていますが、要は、上司が部下の自由にものが言える雰囲気を作ること、部下は少しでも疑問を感じたら、その旨をはっきりと上司に伝えること、上司は部下の疑問に対し、なぜその疑問が出てくるのかについても考えて対応することが柱になります。

この訓練を受けると、不思議なくらいチームが明るく活気のいいものになります。空気のよどんだ暗い部屋の窓とカーテンを開けて、朝日が差し込み、新鮮な空気が吹き込んできたような感じになるのが面白いくらいです。皆様の組織でも是非お試しになることをお薦めします。

余談ですが、先にご紹介したイースタン航空401便の事故については、後日談があります。事故後、飛行中のイースタン航空機のギャレーやトイレ付近などで、401便のクルーの幽霊の目撃事例が相次ぎました。

ところが、ある時、同社の整備士が整備記録を調べていて妙な事実に気が付き、同型機の装備品や部品の来歴簿を確認したところ、幽霊の目撃が報告された機体には、事故を起こした401便から取り外した部品が使用されていることが分かったのです。

除籍する航空機や船舶からまだ使える部品や装備品を取り外して使用することは「キャニバリー」と言われ、珍しいことではありません。それらの装備品や部品は、取り外された記録、整備された記録などが来歴簿として一緒に管理されており、整備士はそれらを確認しながら必要な部品を入手して整備を行います。

しかし、それらが取り付けられている機体を運航しているパイロットや客室乗務員にそのことが伝えられるわけではありません。奇妙な偶然の一致としか言うことができませんが、人知を超えた不思議なことがあるのかもしれません。このことは後にドキュメンタリー小説になって出版されましたので、お読みになった方も多いかと思います。

 

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