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専門コラム「指揮官の決断」 No.010 チェックリストの使い方を誤ると・・・

SPECIAL

クライシスマネジメント(想定外の危機への対応)コンサルタント

株式会社イージスクライシスマネジメント

代表取締役 

経営陣、指導者向けに、クライシスマネジメント(想定外の危機への対応)を指導する専門家。海上自衛隊において防衛政策の立案や司令部幕僚、部隊指揮官として部隊運用の実務に携わる。2011年海将補で退職。直後より、海上自衛隊が持つ「図上演習」などのノウハウの指導依頼を受け、民間企業における危機管理手法の研究に着手、イージスクライシスマネジメントシステムの体系化を行い、多くの企業に指導、提供している。

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ある時、私が営業部長として勤務していた専門技術商社が、安全訓練の一環として、役員を含む総員に安全作業検定の受験を義務付けました。

商社ではありましたが、支店や営業所には商品の在庫を保管する倉庫もあり、また、サプライヤーの工場や納品先の倉庫などに行くことも多いので、倉庫や工場内での基本的な安全確認の方法を身につけさせようという趣旨であり、私が着任した頃に社内で検討が行われ、制度化されたものです。 役員を例外にしなかったのはとてもよいことだと思っていました。

検定の具体的内容は、倉庫内での様々な作業についての安全確認ができるどうかであり、まず服装の確認から始まり、工具の使用方法、廃棄物の選別方法、高所作業の実施方法、通路の歩き方、重量物の積付け方、清掃の方法などについて、それぞれの動作が安全、確実にできるかどうかを検するものです。

本社社屋の倉庫内にモックアップが作られ、各部ごとに予約をとって年に一度、その検定を総員が受けなければなりません。現場では、作業ごとに安全のための確認事項を記載したチェックリストが置いてあり、受験者はそれぞれのチェックリストに記載された項目を指さしなどしながらこなしていきます。

この検定には制限時間があり、その制限時間以内にすべての作業を終わって戻ってこなければなりません。慣れないと余裕をもって戻って来ることのできない制限時間が設定されているので、遊び半分にはできません。私も営業部長として部下と一緒に受けましたが、意外にギリギリの時間がかかりました。

この検定の評価を担当する役員は親会社の工場長経験者であり、検定の最後に講評をするのですが、チェックリストなどはそんなに長くなく、難しいことが書いてあるわけではないので覚えてしまったほうが早く終わるという講評がいつもなされていました。

私にはこの役員が言いたいことはよくわかります。無駄のない済々とした作業ができるということは、作業安全にとって大切なことです。特に安全守則については、それを暗唱できるほど熟知していることが必要です。

しかし、チェックリストを覚えておけという指導は誤りです。

チェックリストは常に新鮮な気持ちで、そこに記載された事項を一つ一つ丁寧に確認していかなければなりません。一つ一つが極めて重要だからです。暗記した内容に従えばいいというものではありません。

 リストを暗記しておくことの危険性は、緊急事態に露呈します。皆様も、よく知っている人の名前がとっさに出てこないなどということを経験されたことがあるかと思いますが、人間の記憶というのは常にはっきりと鮮明なものとは限らないのです。

たとえば、航空機の運航に際しては多くのチェックリストが使用されます。エンジンを始動する前に行うチェック、滑走路へ移動するタキシングを始める前のチェックリスト、離陸前の最終的なチェック、離陸後のチェック、乱気流に巻き込まれた際のチェック、着陸前のチェックなど数多くのチェックリストをパイロットは持っています。彼らがそのチェックリストに従ってチェックをする際、どのようにしているかご存知でしょうか。

映画などで観ると、副操縦士がリストを読み上げて機長が確認しています。しかし、この時、副操縦士は単にリストを読み上げているだけではありません。機長が間違いなくリストが要求する確認をしているかどうかも見ているのです。似たような形をしたスイッチが互いに近いところにある場合、間違ってチェックしてしまうと大変なことになります。構造上、そのような過ちが起きないように設計段階で計器やスイッチ類の配置は十分に検討されてはいますが、やはり機能上、あるいはその他の理由で間違いやすいものもないわけではありません。したがって、読み上げたチェックリストで要求されるチェックをしっかり行っているかどうかを副操縦士が見ているのです。

私もかつて米国で飛行訓練を受けて操縦士の資格を取得しましたが、その時訓練に使われた機体は、ランディングギアとフラップのレバーが左右対称の位置にあり、注意が必要だったのを覚えています。大きさや握りの形状が異なるので、実際には誤ることはないのでしょうが、目視で点検しているとつい見誤ってしまうことがありました。

私の飛行教官はB-29で飛行機乗りになり、B-52の飛行教官を務めたこともある元空軍の軍人でしたが、チェックリストの取り扱いについては妥協を許さない人でした。口癖のようにチェックリストを丁寧に確認せよ、記憶に頼るなと指導されました。

チェックリストを使う時はできれば複数の眼で確認することが望ましく、内容を暗記してしまうことは誤りです。暗記して、夢にまで出てくるくらいにすべきなのは安全守則であり、チェックリストではありません。

旅客機のように機長と副操縦士が二人でチェックリストを確認していても間違うことがあります。1982年1月、真冬の米国ワシントンのポトマック川に墜落したエア・フロリダ90便の事故がその例です。

夕方、ワシントン・ナショナル空港(現在はロナルド・レーガン・ナショナル空港に改称)を離陸したエア・フロリダのボーイング737が離陸直後に空港の横を流れるポトマック川に墜落し、厳冬の氷の張った川での救助シーンがニュースでも放映されたのでご記憶の方も多いかと思います。

救助ヘリから渡された命綱を2度にわたって自分の近くにいた女性乗客に渡して自らは力尽きて水死した男性の乗客や、衰弱して渡された命綱をつかんでいることが出来なくなった女性を救うために氷の張った川に飛び込んだ一般人の男性の映像などが繰り返し放映されました。

この事故は厳冬のワシントンに慣れていない常夏のフロリダをベースとするパイロットの様々な不注意の連鎖がもたらしたものですが、その中でも決定的だったのが不注意なチェックリストの扱いでした。

エンジン始動時のチェックに際して「アンチ・アイス(防氷装置)」の項目を副操縦士が読み上げているのですが、機長は「OFF」と答え、副操縦士もそのまま次の項目に移ってしまったのです。

このコックピットの二人は両方がフロリダをベースとするパイロットで、厳冬期のワシントンエリアでのフライト経験があまりなく、普段フロリダでエンジンを始動するのと同じ調子でチェックリストを確認していたのです。常夏のフロリダでは「アンチ・アイス」がOFFなのが普通なのですが、真冬のワシントンで雪が降っていて滑走路の除雪作業を行っているときに、防氷装置がOFFのままなどということは考えられないことです。

私が飛行訓練を受けたのはペンシルバニア州であり、冬は氷点下になることは珍しくなく、アンチ・アイスの起動と機体への除氷液の散布は必ず検討しなければなりませんでした。フライトプランを検討する段階で、積んでいく燃料の量を計算し、その燃料を積んだ場合の総重量から離陸に必要な速力とその速力を得るための滑走距離を割り出すのですが、アンチ・アイスを起動していると、必要な電力を賄うために大きな馬力を使うため、小型の単発機を操縦する際には気を付けねばならなりませんでした。したがってアンチ・アイスを使うかどうか、冬は常に気にしていました。寒冷地に慣れているパイロットならアマチュアでもごく自然に気を配るアンチ・アイスですが、プロでもフロリダばかり飛んでいるパイロットは注意が足りなかったようです。

この結果、翼に着氷して揚力を失い、何とか離陸したものの高度を失って目の前のポトマック川に墜落してしまったのです。チェックリストがあっても、場所と季節が異なることを考慮に入れず漫然とチェックをした結果、大事故を引き起こしてしまった事例です。私の飛行教官が二言目には「チェックリストに敬意を払え」と言い続けたのは、このようなことがあるからなのです。

安全教育のための訓練は現場作業を抱えている多くの事業所で行われています。いろいろな現場に即した安全守則があり、チェックリストが整備されているはずです。

どうかチェックリストと安全守則を混同せず、チェックリストの本来の使い方を正しく指導して頂きたいと願っています。

チェックリストは間違っても暗記させてはいけません。

常に初めて読むつもりで、各項目が意味するところを十分に考えながら進めていかなければならないのがチェックリストによるチェックなのです。

 

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