中小企業経営者が理解すべき『採用の二極化』
変わりゆく「教育環境」
全国の18歳人口は平成4年には205万人いましたが、現在はその約半分にまで減少しています。その中でも大学の定員は増加、平成4年には54万人であった大学入学者数は60万人を超えて増加しています。4人にひとりであった進学率は2人にひとり以上になっているということです。
その中で、様々な二極化が指摘されています。まず、学力の二極化です。偏差値といえば50が平均点レベルです。何となく平均点である50付近が実数も多いイメージがありますが、現実にはその平均点レベルの50付近の人数よりも低い40とか、高い60とかの人数のほうが多くなってきているというのです。
皆さんは「親ガチャ」という言葉をご存知でしょうか。生まれもった容姿や能力、家庭環境によって人生が大きく左右され、「生まれてくる子供は親を選べない」ことを指すのだそうです。生まれた時点で「アタリかハズレは運次第」という意味が込められてます。学力の二極化の背景として「親」の経済的環境が大きく影響していると指摘されています。「少子化」はその延長線上にあるのです。
↑学力の二極化の例(全体的にこういう傾向のようです)
これは全国的な傾向のようです。私が学生時代を過ごした大阪府では、より顕著な現象が現れているそうです。大阪府では、大阪府高等学校の通学区域は2013年度までは複数に分けられていました。私が高校生の頃は9つでしたが、2014年度の入学試験以降、全ての公立高校で大阪府内全域から出願が可能となりました。
これは大阪維新の会による改革の一環のようで「新自由主義」と呼ばれるものの一例です。「新自由主義」とは国家による福祉・公共サービスの縮小(小さな政府、民営化)と、大幅な規制緩和、市場原理主義の重視を特徴とする経済思想です。大阪府下の高校ではこの改革の結果として、偏差値の格差が拡大して二極化が急速に進行したと言われています。
↑大阪府某学区の公立高校偏差値の変化(学区改正により二極化進行。学校名の右側カッコ内の数値は校区外からの入学希望者の数)朝日新書 志水宏吉著 ペアレントクラシー「親格差時代」の衝撃 より
このような二極化は「名門校」のレベルをさらに高めると同時に「学力低位校」と呼ばれる学校の状況を悪化させているのだそうです。「学力低位校」とはマイルドな言い方であり、実際の教育現場では「教育困難校」や「課題集中校」といったもっと不名誉な呼び方が用いられているようです。
「学力低位校」の卒業生の進路は就職を選択する比率が高くなりますが、求人企業のニーズとなかなか合致せず離職も多いようです。あるベテランの教育関係者からは「学力低位校」卒業生にありがちなウィークポイントとして以下のような点が指摘されています。
①欠席の多さ
②自己肯定感の低さ
③コミュニケーション能力の不足
④基礎学力の低さ
離職率に関しては「学力低位校」に限らず高止まりしています。平成31年時点の学歴別でも高校卒35.9%、大学卒31.5%となっています。就職した事業所規模が小さいほど離職率は高く、かなりの差に拡大しています。世の中、小さい規模の会社が圧倒的に多い訳であり、平均値で捉えることがいかに危ういかを物語っています。2022年4月1日の時点で18歳以上で成年ということになりましたが「大丈夫なのか」という気がしてきます。
↑新規学卒就職者の事業所規模別就職後3年以内離職率( )内は前年差増減(令和4年10月28日 厚生労働省プレスリリースより抜粋)
鹿児島の高校の競争率速報がニュースで流れていました。娘たちが高校を卒業してもう10年以上経ちますので、あまり気にしていませんでした。こういう数字は子供が入学してしまうと、とたんに気にしない家庭がほとんどではないでしょうか。
何となく見ていると、ちょっと気にしていない間に大変な数字になっていました。学力検査は全日制と定時制計70校156学科、定員1万1176人に対して9062人が出願。平均出願倍率は0.81倍で1倍を下回ったのは13年連続とのことでした。そして、定員割れは62校121学科(全学科の77%)倍率が最も高いので1.66倍、最も低いのはなんと0.08倍、耳を疑いました。
鹿児島に限らず地方都市周辺では小中学校の統廃合が進み、高校の出願倍率には同じような傾向があるものと思います。少子化以前に、既に高校生レベルで学校・学科の存続が危ぶまれる状況です。
変わりゆく「労働市場」
いっぽう労働市場はどのようになっているのでしょうか。最近「リスキリング」という言葉がよく聞かれるようになりました。「リスキリング」とは、働き方の変化によって今後新たに発生する業務で役立つスキルや知識の習得を目的に、勉強してもらう取り組みのことだそうです。
この考え方には、現状の労働者スキルと今後必要とされるスキルが一致していないという前提があります。公的な資料から、政府がどのような前提を持っているのかを読み取ることが出来ますので、一部をご紹介しておきます。
経済産業省の資料を見ていると「リスキリング」などとカタカナ英語で語られるとおり、ベースは米国や欧州の産業構造の中での高収益業態をお手本にしています。労働市場の分析の中で余剰スキルと不足スキルについての内容がありました。今後、低スキル職と高スキル職が不足し、中スキル職が余剰労働力となるというもので、ここでも二極化が指摘されていました。
↑労働市場でも低スキル職(失礼な!)と高スキル職が不足する二極化
そして、日本での所得分布について25年間でどのように変化したのかという分析もありました。意外に感じたのは、男性の所得分布は30年前の時点で既に二極化していたという点、男女で大きく違う所得分布の形が現代でもそれほど大きく変わっていないという点でした。
日本の経済について「失われた30年」などとよく言われますが、本当変わっていないのだなと感じます。日本は、世界的にはずっと金利も低く物価も安定してきた国なので、そのあたりもセットで捉える必要があります。しかし、世界的なインフレ傾向の影響を受け始めている現在では事情が変わってきました。
↑日本の所得カーブの変化(男性の所得カーブは以前から二極化傾向。女性の所得カーブはまだまだ変化が小さい)
資本移動を自由化するグローバル資本主義は、新自由主義を一国のみならず世界まで広げたものと言えます。ロシアによるウクライナ侵攻によりグローバル資本主義は逆流を始めましたが、経済産業省の「リスキリング」の発想はグローバル資本主義が大前提のようです。そういう潮流が少子化とともに弱体化する教育現場にも歪みをもって影響しているように感じます。
大企業を中心にグローバル化した一部の産業と、グローバル化とはほど遠い国内各地のローカルな教育環境が大きく乖離しているのは明らかです。しかし、日本国内全てが大企業ではありませんし、すべての産業がグローバル化している訳でもありません。そういう意味では政策と地域の現実とのバランスは取れている気がしません。
上記2点のグラフを含む経済産業省の資料です。ご興味のある方はご覧になってみてください↓
【第四次産業革命に向けた産業構造の変化と方向性に関する基礎資料(経済産業省)】
変わることのない経営者の「欲しい人材」
関東近郊で活動をされている商工会の方の話の中に興味深い点がありました。中小企業経営者と従業員・入社試験を受ける学生の実態の両方に明るい方です。その方は「仕事ができない社員」の具体例を多く耳にされていて、逆説的に「仕事ができる社員」像を挙げておられました。それらの要点は以下のようなものです。
①最低限、中学校レベルの基礎学力
②その上に、正確性・スピード感・理解力
③さらに、自分で自学自習できて工夫できる力
以上3点です。それほどまでにこの3点に欠ける人材が多いという事です。よその国の話ではないのです。
その方は、昨今教育界で重視されている「アクティブラーニング(能動的学修のことをさし、生徒が受け身ではなく自ら能動的に学びに向かうよう設計された教授・学習法のこと)」や「探求学習(生徒自らが課題を設定し、解決に向けて情報を収集・整理・分析したり、周囲の人と意見交換・協働したりしながら進めていく学習活動のこと)」については懐疑的です。最近では、小学校では「英語」や「プログラミング」などを勉強するそうですが、地方の中小企業で切実に求められている次元とはどうも別世界のようです。
そして最後に「そんなことより基礎。基礎がなければ応用も発想も工夫もできない」との弁。まさにおっしゃる通りかと思います。そもそも、氏が挙げた3つの要点が不足していたら「リスキリング」どころの話ではありません。
政府の方針の下地になる資料は各省庁で作成されますが、そこで働いている方々はほぼほぼ「高スキル職」に類する人たちです。中小企業の経営者との感覚のズレも伝統的なものなのかもしれません。
↑業種別の従業員数過不足の傾向(慢性的に不足傾向です)
上記グラフは【中小企業庁編 中小企業白書 小規模企業白書 2022年版】より抜粋しています。ご興味のある方はこちらから全文を見ることが出来ます(世相を表す新自由主義的な表紙が印象的です)↓
【中小企業庁編 中小企業白書 小規模企業白書 2022年版】
中小企業の経営者がなすべき事とは
中小企業の経営者は、人材獲得のために何をすればよいのでしょうか。仮に先に述べた3点を満たす人が応募してきたとして、社長ならいかがでしょうか。
経験的に申し上げられるのは、応募してきたその人が御社と御社の事業について「判断」できる材料を提供することかと思います。ここで重要なのは「労働条件や待遇」「事業内容・職種」といったものだけで終わってはいけないということです。
「誰にどのような価値を提供するために存在している会社なのか?」を示さなければなりません。現在それが実現出来ていても、出来ていなくてもです。そのことが、入社してきた人材が学び続けるための「動機」にならなくてはいけないのです。なぜなら「自分で自学自習できて工夫できる力」を活かすには、それが近道になるからです。
社長の会社では、最近新規採用されていますか?「よい人材」を求める前に、入社希望者が「御社の事業」を判断できるものを自ら示していますか?
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