すべての商品サービスは「嗜好品」である。
コンサルティングの現場やセミナーにおいて、よくいただく直球のご質問に「ターゲットを絞り込んだ方が良いか」というものがあります。近年のマーケティングの教科書では推奨され「特に中小企業において」と強調されることが多いようです。こうしたアドバイスについては、その「解」が導き出された背景を見極めることが必要不可欠です。一般的手法としての「ターゲットを絞る」というアドバイスであれば注意が必要です。
なぜなら、当たり前のことですが、わたくしたちは作り手の考えた「施策」の通りに買い物するわけではないからです。ひとは「感情」ですることはあっても、「理屈」や「論理」で買い物はしません。
例えば、わたくしは先週末にコンビニエンスストアで菓子パンをたくさん買いました。大型台風が東京を直撃する、ということで非常食用途です。ふだんはコンビニエンスストアで菓子パンを購入することはありません。その理由は、美味しいと感じないとか原材料が気になるとか個人的な好みの問題です。しかし、非常時はそのようなことが一切関係なくなってしまいます。消費期限を気にしながら買い物カゴに菓子パンらを入れ、あっさりと購入しました。わたくしたちはその時々に置かれた環境により「商品サービスを買う理由」が変わるものです。
今年は自然災害の多い年、と言われています。年明け公表されたNASAのレポートでも予測言及されています。噴火、地震、台風など直面している自然災害は今までの常識を疑わざるを得ないものであり、従来の考え方では対応しきれないものです。今までの「平和」や「安心」「安全」がいかに尊いことか。穏やかな日常風景が、自然の前では、砂の城のごとく壊れてしまうことを直接であったり、メディアやインターネットを通して追体験しています。
一転、最近、東京・表参道にラグジュアリーブランドのカルティエがコンビニを出店し大きな話題になっていました。その名も「プレシャスコンビニ・カルチエ 」です。テストマーケティングとして2018年9月21日〜30日までの10日間期間限定店舗。ロゴマークは「カルチエ 」とカタカナで表記され、トレンドのゴシック書体で表現しています。ジュエリーや腕時計の高級ブランドと「カルチエ 」の軽さ、コンビニエンスストアという異業種とのミスマッチ感が注目でした。
以下はカルティエ社のコメントです。
「日々の生活で慣れ親しんでいるコンビニエンスストアを、カルティエが特別感ある場所へと変身させた、その名も“カルチエ”・・・リュクスなコンビニは、ガラスの抜け感とゴールドをキーカラーにしたミニマルなデザインで仕上げた空間。一歩足を踏み入れた瞬間から、トップメゾン、カルティエに相応しい世界観へと誘われます」と。
同社が伝えているように、コンビニエンスストアではあるけれど「プレシャスコンビニ」と世界観をリニューアルしました。企業として伝えたいことは、コメントにある通り「特別感」です。価格が高いことはもちろん、特別な体験・非日常を提供しますよ、という思想が伝わってきます。こうした「特別感」も時代背景を考えれば、日常の中のスペシャリティ=非日常体験となって、カルティエの提案は受け入れられるでしょう。カジュアルな感覚を好む若年層へのアプローチにも成功しています。
カルティエがコンビニを出店した! というインパクトと同じことが、遡ること7年前2011年のバレンタインにおいてもありました。それは高級チョコレート「ゴディバ」がラグジュアリーブランドの常識を破ってコンビニエンスストア商品を展開したことです。結果、低迷していたブランド全体を躍進に導くきっかけとなったとかで、今年のバレンタインにおいては「日本は、義理チョコをやめよう」という全段広告を打って話題になっていました。
同社を牽引しているのが、2010年に代表取締役社長に就任したジェローム・シュシャン社長(弓道歴25年の弓道人でもある)です。ブランドが低迷している中、奥様と一緒にいち消費者として日本のゴディバを廻ったそうです。その時「素敵なお店ではあるけれど、高級感がありすぎて入りにくい、行きにくい雰囲気。もっと身近な場所にあったらいいのに・・・」と、憧れとアクセシブルは両立できる!と直感したと著作の中で回想しています。
もしも、カルティエやゴディバが、ラグジュアリーブランドとしてイメージを死守し「ターゲットを絞る」ことをそのまま継続していたらどうだったのでしょうか。
視点を上げれば、地球環境も含めて大きな変化に直面している今、身近な生活においてはスマートフォンによる買い物が浸透し、急速なIT環境が整備されています。一方、度重なる自然災害を体験することで「電気が止まってしまえば全てがリセット」されると学習しつつあります。同時にライフラインの老朽化も見せつけられ、対応と処置が進化しつつあります。マーケットにおいては、誰もが日本の超少子高齢化、人口減を感じています。人生100年ではあるけれど、健康寿命を無視できないことにも気づきはじめています。
今、古いものと新しいもので、価値観や人としてのあり方が混沌としています。バランスの時代というよりも、グラグラとした時代と見るべきです。わたしたち生活者の日常生活が大きく変化している今「何が日常で、何が特別」なのか。「価値観の入れ替わり」、考え方のリニューアルが日々求められている時代でもあり、商品サービスを提供する側から見れば、お客様がつかみにくい、お客様の心がわからないのが「当たり前」の時代でもあります。
例えばシニアマーケットひとつとっても、高齢者といっても「心はマイナス10歳以上若く、精神的には中年期」かもしれません。スマートフォンにタブレット、ガラケー、子供たちが使えない「公衆電話」だってお手のものです。インターネットでの買い物も楽しめます。ピンクやオレンジの若々しい色合いの華やかな洋服も着れば、忌み嫌われていた「白髪」さえも「グレイヘア」としてナチュラルスタイルを楽しみ、トレンドになりつつあります。体の老化はとめられないけれど、ひとの心や価値観、考え方は自由自在に変容しています。今後は「老化」についてもエイジング技術の進化とともに変化していくでしょう。男女、年齢、世代、階級層、などでくくってゆく意味もなくなるかもしれません。
前職の洋菓子メーカーにいた頃、叩き込まれてきた考え方があります。それは「わたしたちが売っている商品は嗜好品である。嗜好品は世の中に必要とされていない。必要とされていない商品を買っていただくビジネスである」ということです。そもそも需要なんかない、という前提で商品を提供せよと。ショートケーキやシュークリームが無くなっても生活に困ることはありません。いま世の中からお菓子が消えてたとしても、誰一人として困りはしません。御社の商品サービスはいかがでしょうか?
時代は進み、業種業界を問わず、ありとあらゆる商品サービスが「嗜好品」と同じ岐路に立たされています。今この瞬間、すっぽりと御社の商品がなくなって困る人がいるでしょうか?もちろん一瞬だけ喪失感による「〇〇ロス」があるかもしれません。しかし次の瞬間にはインターネットで検索し代替品や代替サービスを取り寄せているはずです。
社運をかけて作った、そして唯一無二だった商品サービスは、いまや「嗜好品」です。なくなっても、だれも困らない。そういう世界に生きています。「誰かにすすめられて買う」のではなくて「自分が気に入ったから買うんだ」「どうしても欲しいから買うんだ!」でなければ、買ってはもらえない時代なのです。お客様のテンションをあげて、買いたくなる仕掛けが必要不可欠です。
絞る、のはお客様です。お客様が好きなようにストーリーをふくらませ、これは私のための商品なのか、お客様が「決める」のです。数あるブランド、数ある商品サービスの中から、御社をフォーカスし、買うか買わないかを決めてゆきます。その時視線は御社に注がれながらも、ぼんやりとその周りにある競合商品や類似商品も視界に入っています。ゆえに、わたくしたちが求められていることは「買いたくなるような仕掛け」を作ることです。
実際、商売とは面白いものです。売り場でお客様が伝えてくる言葉は示唆に富んでいます。自身の経験ですが、何度も買いにきてくださるシニアのお客様が店長に向かって「ほんとはね、向こう〇〇屋のケーキが好きなんだけどね、あなたの顔が見えたから買いに来たのよ」とか「どこのお菓子も一緒なんだけど、店長が好きだから来てるのよ」、そんな風にお客様たちは買い物されていました。
お客様の買う理由はさまざまで、ストーリーも十人十色です。あらゆる商品サービスで溢れ、「必需品」を求める時代が終わった今、商品サービスは「嗜好品」となりました。押し売りでは無く、お客様のテンションが自然に上がって「欲しい!」と思わず胸をときめかせる商品サービスにリニューアルし続けてゆくことが、商売繁盛の鉄則です。
御社の商品サービスが無くても誰も困らない今、次はどんな商品サービスにリニューアルしていきますか?主力商品サービスがどう変わってゆきますか? そして、成功事例という安全地帯を飛び出して事業ステージをあげる覚悟がありますか?
目の前のお客様は、すでにもうお腹がいっぱいです。社運をかけて育て上げてきた苺のショートケーキをどうやって買っていただくのか。「唯一無二の商品」へと高める仕組みづくりがますます大事な時代になっています。
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