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No.064 再発防止より未然防止が大切なのは分かっているけど・・・

SPECIAL

クライシスマネジメント(想定外の危機への対応)コンサルタント

株式会社イージスクライシスマネジメント

代表取締役 

経営陣、指導者向けに、クライシスマネジメント(想定外の危機への対応)を指導する専門家。海上自衛隊において防衛政策の立案や司令部幕僚、部隊指揮官として部隊運用の実務に携わる。2011年海将補で退職。直後より、海上自衛隊が持つ「図上演習」などのノウハウの指導依頼を受け、民間企業における危機管理手法の研究に着手、イージスクライシスマネジメントシステムの体系化を行い、多くの企業に指導、提供している。

未然防止と再発防止のどちらが大切かと言われれば未然防止に決まっていると思う方が圧倒的でしょう。

しかし、再発防止が簡単とは言いませんが、未然防止の難しさは桁が違います。

再発防止は、何が起こったのかが分かっていますが、未然防止は何が起こるのかが分からないからです。
 何が起きるか分からないので何が対策なのかを決めることができないのです。

しかし、その重要性は疑いのないものなので、多くの専門家が日々努力を重ねています。
 私はこの分野の専門家ではないのでどのように研究が行われているのかを熟知しているわけではありませんが、徹底した再発防止に取り組み、過去の事例から、将来起こり得るであろうおそれを抽出しているようです。

これがどれほど大変なことなのか、事例を挙げて説明します。

当コラムでは航空機の事故を時々取り上げていますが、航空機や船舶の事故は、危機管理の観点から視ると、教訓のかたまりだからです。

今回事例として取り上げるのは、2014年12月28日に生じたインドネシア・エアアジア8501便の事故です。

同機はスラバヤのジュアンダ空港からシンガポールのチャンギ空港へ向けて離陸しました。42分後、ジャワ海に達していた同機は突如急上昇を始め、そして交信が途絶え、レーダーから機影が消えてしまいました。
 必死の捜索が行われた結果、1月7日、カリマンタン島沖で残骸が発見されて墜落が確認され、162名の乗客・乗員の全員が死亡しました。

この飛行機が墜落してしまった原因は、実に考えられないくらい些細なものだったのです。クリティカルなものは全くありませんでした。
 同機が墜落して162名もの人々の命が奪われなければならない理由はなかったのです。
 残骸を引き上げ、フライトレコーダーを解析した結果、分かった事故原因は驚くべきものでした。

同機の整備記録によると、同機のRTLUという装置に問題がありました。
 これは高速飛行中に方向舵が一方の側に大きく作動しないように可動範囲を制限するリミッターですが、この装置に問題があるとフライトコンピュータがコックピットに警報を鳴らすようになっています。
 この機体のRTLUは、過去度々不具合が報告されていたにも関わらず、根本的な整備がなされずに飛行が続けられていました。

現代の航空機は、コンピュータが異常を検出して警報を鳴らすと、そのコンピュータの指示に従った処置を取らなければなりません。
 このことをECAM(電子式集中化航空機モニター)アクションといい、パイロットはこれに従わなければなりません。

ただ、このRTLUの場合、RTLUの回路の半田付けに問題があり、回路が繋がったり切れたりしていたために警報がしょっちゅう鳴っていたため、パイロットがその都度ECAMアクションを強いられ、イライラしていたようです。
 そのため、何回目かに機長がコンピュータのサーキットブレーカーをリセットして警告が鳴らないようにしてしまったのです。

ところが、機長はこのブレーカーが自動操縦装置をも解除してしまうブレーカーであることを知らずに解除してしまったため、機体が大きく傾いてしまいました。

この時のパイロットたちは、急激に機が傾いた時に何が起きたのかを一瞬理解することが出来ず、54度まで傾いてしまいました。

そこで操縦していた副操縦士が慌ててもとに戻そうとして急激な動作を行いました。54度左に傾いた機を2秒で水平に戻してしまったのです。

しかし、水平になった後も平衡感覚を保つ内耳の体液が慣性のために今度は右に傾いたという信号を脳に送ったため、副操縦士はせっかく水平になったにも関わらず右に傾いたと判断しもとに戻すために左に傾ける操縦を行いました。

この急激な動作でさらに平衡感覚に狂いが生じ、機体が降下を始めたと判断した副操縦士は機首を上げて急上昇に移りました。完全に混乱しているのです。

これらの機体の異常な動きのため、あらゆる警報がコックピットに鳴り響き、パイロットの混乱はますますひどくなっていきました。

この時、座席に戻った機長の指示が混乱に拍車を掛けました。
 機首が上り、急上昇を始めたことに気が付いた機長が「引き下げろ“Pull down”」と副操縦士に指示をしたのです。
 この指示が副操縦士をさらに混乱させました。

この機体はエアバスA320であり、操縦はスティックタイプの操縦桿で行います。
 機首が上って急上昇しているのであれば、機首を下げるための指示を出さねばならず、それは「押し下げろ“Push down”」 であるはずです。
 つまり、高度に関する操縦桿の動きは「引き上げろ ” Pull up “」か 「押し下げろ “Push down”」 であるはずなのに、機長は「引き下げろ ” Pull down” 」と指示したのです。

ただでさえ、混乱している副操縦士は「引け ” Pull”」 と指示されたために、さらに操縦桿を引き続け、機首はどんどん上を向いてしまい、結果的に失速してしまったのです。

機長は副操縦士に任せず自分で操縦しようとしたのですが、この動作をコンピュータが受け付けませんでした。
 何故なら機長と副操縦士が逆の動作をしたため、フライトコンピュータは「double input」という警報を鳴らして昇降舵を中立位置に戻してしまったのです。

この時、機長が副操縦士から操縦権限を引き継ぐためにはすべきだったのは二つの方法いずれかです。
 一つは「私が操縦する。」 と宣言して、副操縦士に操縦桿から手を離させることです。
 もう一つは、操縦桿についているボタンを押して強制的に機長側の操縦桿側の操縦に切り替えてしまう方法です。
 機長はボタンを押したのですが、既定のとおり2秒以上押さなかったので、副操縦士側の操縦桿も機能していたのです。つまり、二人が正反対の操縦をしていたことになります。

この事故からは様々な教訓が導き出されます。
 RTLUの不具合の放置、その不具合から発せられる警報への不適切な対応、その結果として生じた急激な機体の傾きによるパイロットの錯誤、機長の指示の不適切、機長の不適切な操縦交代手続きなど様々な不具合が組み合わさった結果大惨事となったのです。
 どれか一つが正しく行われていたらこの事故は起きなかったかもしれません。

これら個々の要素を潰していくのは、理屈上はそれほど難しくありません。不具合の原因が明白だからです。

しかし、それでもこの事故を未然防止することは難しかったでしょう。
 私は先に、未然防止が難しいのは何が起きるか分からないからだと主張しています。

それぞれの不具合は、机上でも予想することができます。
 しかし、訓練され、規則に従った操縦を行うことを期待されているパイロットが二人いるコックピットで、このような不具合が重ねて行われることを予想することは極めて難しいのです。

それぞれの不具合への対処はそれほど難しくはありません。
 しかし、それらがある順番で連鎖的に起こるととんでもない結果を引き起こしてしまいます。
 そのある順番で連鎖的に起こるということを予測することが難しいので、未然防止が簡単にはならないのです。
 なぜなら、大事故は単純な一つの原因から起きることはまずないからです。

さらに、未然防止が難しい理由は、もう一つあります。

それは人間の「弱さ」に根差すものだからです。
 RTLUの不具合が放置されたのは経済性の観点からでした。
 些細な不具合でいちいち細かい整備をするのは大変なのです。
 経営にとって、安全性を経済性より重視しなければならないことは理屈の上では当たり前ですが、やはり利益を追求していくうえで、よほど強い意志を持たなければ実行はできません。

繰り返された警報にECAMアクションを丹念に行わず、ブレーカーを切断するという行為に出たのも、マニュアルや規則を徹底的に遵守するということが面倒なことがあるからです。
 これも少しでも楽をしたいという人間の本性に根差しています。

機体の急激な傾きに対する副操縦士の不適切な対応ややそれに対する機長の指示や操縦が不適切だったことは、訓練の不足や未熟だったからです。

私はこれまでに危機管理に重要なことは、当たり前のことを手を抜かずに淡々と行うことだと繰り返し述べていますが、実は、これは恐ろしく困難なことなのです。

ヒトは怠けたがり、できるだけ楽をしようとし、すぐに応用に走ります。人が見ていないと手抜きもします。
 お正月に一年の計を立てても、月半ばには忘れています。

当たり前のことを手抜きをせずに淡々と行うということは、自分の「弱さ」と戦うという強い意志が無ければならないのです。

未然防止が難しい理由はこのヒトの「弱さ」にあり、その困難性をどう克服していくかが大きな鍵を握っています。

組織においては、トップが基本に対する妥協を許さない一貫した態度を示さなければなりません。
 経営者が自ら範を示さなければならないのです。

 

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